ひとりごと(2012年6月分)

2012年6月29日(金)             「新レパートリー」

昨日は雨が降ると思っていたら予想に反して降らず、お陰でお初の某所、バスに乗らずにてくてくと歩いてゆけました。しかし地図から想像した地形とは全く違う風景がそこに・・・。しかし地図情報を信じて変な勘には頼らず、ひたすら歩きました。ちょっとだけ成長した気分です(?)。

だんだんと連弾の感性に戻ってきています。まずは、音を良く聴いて2人で一つのハーモニー(和音)のバランスを取る事。相手の音を聴いて自分がどれ位出していいかを判断するのですが、引き算的に自分の音を減らして合わせるか、あるいは足し算的に音を増やして合わせるか、それで大分違ってきます。そしてペダルをどう使うか。セコンド・パート(第2奏者)だったら、プリモ(第1奏者)の弾く音、フレーズやアーティキュレーション(音のつなげ方切り方)も自分で奏でているように感じられると、直感でペダルを選べてきます。私たちの場合は曲によってどっちのパートを弾くか変えていますが、だからこそ分からなくなると練習でもよくパートを交換して弾いてみたりしています。

連弾ってまるで二人羽織だな、と思う事然り。

コンサート情報に来月のコンサートを少し追加しました。不完全な情報の部分は改めてまたアップします(ごめんなさい)。新しいレパートリーも少し増やしました。

明後日のコンサートの企画をして下さった古曽志先生の作品、連弾組曲「こねこのポール」。今回はこの中より抜粋で演奏させて頂きますが、本当にすてきな作品です。曲の雰囲気、響き、子猫のポールの描写・・・。初めて聴かせて頂いた時、心がほわんと温かくなった事をはっきりと思い出せます。いつか全曲弾かせて頂けたらいいなと思っています。昨日は先生に聴いて頂きました。楽譜から2人でいろいろ想像して弾き、その上で疑問も幾つかわき、それを直接お伺いできた貴重なひとときとなりましたが、本当に緊張しました・・・。

大バッハの息子のクリスティアン・バッハのオリジナルの4手のための連弾ソナタがあるのですが、それを今度父の作品(平均律)と並べて弾いてみようと思います。もちろんフォルテピアノが世の中を席巻していた時代には当然フォルテピアノで弾かれていたと思うのですが、一体どんな響きがするんだか?クリスティアンはハイドンと同世代、古典主義時代の作曲家ですが、父の大バッハの影響が何気なく作品に表れているような気がします。これも楽しみです。

さて今日はこれから関西へ。デュオ・コンサートの前にいろいろな調整を兼ねています。ゆっくり居られないのは残念ですが、ソロのリサイタルの前は全てを封印していたので、久々の遠出という感じがします。田んぼの上を吹きわたる風に出会えるかな。生き物いっぱいの豊かな自然と広い広い空も、今回の目的です。こっちは少し涼しい位だけど、関西は今日も真夏日だとか。

荷物の準備しなきゃ・・・。



2012年6月28日(木)             「お散歩」

梅雨の中休み。

予想通りというかそれ以上というか、今週はぐしゃぐしゃ状態となっています。でも、授業が集中する(荷物がもっとも重い)曜日がやっと晴れた!というだけで、なんだか気分が上向きました。全く単純なものです・・・。

さて、全然音楽に関係ない話を。このところ、全く初めてのところを訪ねて行く用事がちょこちょこありました(あ、今日も)。知らないところに行く時は結構用心深く、頂いた地図の上に更にしっかり地図サイトなどで調べて書き込みをし、それを持って行くタチです。目的地が定まっている場合、直感で歩く事ができず、結構地図情報に頼ってしまうのですが、地図から想像した風景と実際が異なると訳分からなくなるのです。それより、駅で下りた後、果たして手もとの地図のこの方角がどっち?という事で迷うのが問題かも?遠い昔、全く逆の方向に歩いて迷子になるという経験をしたのをひきずっているのでしょうか。

という訳で今日も用心して地図を持っていきます。時間の制約も目的地もないお散歩だったら、直感でてくてく歩いて元の場所に戻って来られるのですが。そう言えば近所での用事を片付けにいつもと違うルートを歩いたら、あまりにもいろいろなところが変わっていてびっくりしました。

草の香りのするところに最近行っていないな・・・と思ったら、来月は長野でした。昨年フォルテピアノと現代ピアノの弾き比べ連弾コンサートをさせて頂いた、あの第2弾です(近々情報をアップします)。高原の風に吹かれて野の花を探しながらお散歩したい。フォルテピアノも楽しみですが、長野の皆様にお会いできることも広い空の下に行ける事も楽しみです・・・。



2012年6月25日(月)             「シンプル」

夏至が過ぎてまだちょっと。夜の間になんとか・・・と思っていると、外が明るくなっているのもしばしば。

夜、さぁ寝ようと心穏やかに眠りに入る事がなくなって久しいです。いつしか夜は追われるように過ぎゆくものになっていました。帰宅したら動けなくなってうたた寝してしまう事も無きにしもあらず、そうすると次の日までに準備するべき事をしている内に鳥がちゅんちゅんと鳴き・・・これって究極の朝型?と思いつつ学校へ向かいます。

さて、先週まで高校は教育実習期間で、教科担当として実習生を受け持たせて頂いていました。リーディング(初見)の授業、選んでくれた教材はなんとマ・メール・ロワの眠りの森の美女のパヴァ―ヌ。偶然とはいえ、本当にこの曲にはご縁があります。あんなに音数が少ない曲なのに、楽譜を読みこめば読みこむほどイメージがどんどん膨らみ、たくさんの可能性がある事に気付かされます。リサイタルが終わった晩、早速指導案の原型(?)が送られてきました。もし自分だったらこの曲でどういう授業をするか、一緒になって考える内に現実の世界へ。結局、曲が素晴らしいが故にアイデア満載となり、どうにか1コマの授業にまとめるために削らざるを得ない部分もでてきてしまったのですが(大学みたいに90分ほしい)、生徒に向けていろいろ考えや思いを投げかけ、それによって生徒の反応もどんどん変わってゆくいい授業になりました。きっと心の中の何かが揺り動かされたのでしょう。

「初見」とはいうものの、初めて楽譜を見てその時見えた音をただ弾くだけではないのです。楽譜に書かれたものを見、そこから深く読み込んで理解し、想像して音楽にする、これを出来る限り短時間の内に行うのが初見の極意。でも短時間で弾けるようにする事ばかりに意識が行くと、細かいところまで読みこむどころかますますおろそかになってしまうので、時間をかけるだけかけて楽譜に書かれている事を徹底的に読みこむ事も授業でしています。ピアノの場合は旋律楽器よりも情報量が多いので、普段さらっている曲でも何気に分かっているようで無視している事も実はある。まさに学生時代、レッスンで自分が思い知らされていた事です。

何もかもを「なぜ?」ととらえると見えてくることがあります。例えばなぜ作曲者はこの音符を四分音符でなく八分音符に書いたのだろう?とか、なぜスラーをここで切って新たにスラーを次からかけ直したのだろう?とか、なぜこんな不自然な場所にスフォルツァンドをつけたんだろう?とか・・・。きっと全てに意味がある、だからそれを考えれば何かがみつかるはず。

週末はとあるお集まりに、シューベルト作品の公開レッスンで呼んで頂きました。お題は楽興の時第4曲と即興曲作品90−1。シューベルトもやはり奥が深いです。こんなにシンプルなのによくよく楽譜を見てみると、「シンプルさ」そのものにもメッセージが隠されている気がしました。そして、たくさん投げかけられた質問にお答えしている内に、自分が無意識の内に工夫している事に気付かされたりし、更に新たなアイデアも研究不足な点も見つかったりし、有意義な時間となりました(が全然時間が足りなかった・・・)。しかしラヴェルもシューベルトも、シンプルな作品にこれだけの深いものを内包しているなんて恐るべし。音が多いとか技術的に難しいとかそんな事とは全く関係なく、素晴らしい作品は素晴らしいし、そこからいろいろなものを引き出せる、と。そういう作品の方に私は断然惹かれます。

ピアノだけ弾いていた生活はどこにいってしまったのか〜という今、多少ゆとりを持って現実に戻るためのリハビリ期間としていましたが、今週からめいっぱいのスケジュールとなります。今週の滑り出しも究極の朝型から始まりそう。今日はどんより曇りのようです・・・。



2012年6月23日(土)             「2012リサイタルの回想」

どうも御無沙汰しております。いつしか梅雨入り。じわっと暑く、時にはザ−ッと雨が降り、おまけに台風まで来てしまうと言う、恐ろしい季節となりました。

あれから半月が経とうとしていますが、お陰様でリサイタルも何とか無事終える事が出来ました。今回は通常のリサイタルより長い特別なプログラムでしたが、貴重なお休みの日に聴きにいらして下さった皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

お客様の温かな拍手は耳に残っていますが、あの時弾いたという感覚がどうも思い出せません・・・。当日帰宅してうたた寝し、目が覚めた時に「あれ?今日は何をしていたんだっけ?」という妙な感覚に陥りました。突如として新しい生活が始まったような、今までの事をすっぱり忘れてしまったような・・・。翌日から普通に仕事をしているので、ゆっくり思い出す余裕もありませんでした。直前の1ヶ月は全てをストップさせていたのでそのしわ寄せが大変なのはもちろんですが、ひどい疲れが出て、毎日帰宅したらずっと臥せっているような状況。朝になったら強引に体を起こして出掛ける生活が1週間続きました。が、1週間経ったら突然元気になり、バリバリと動いていたのも束の間、わずか数日で今度は暑さでばてた・・・という今日この頃です。

だんだん無理がきかなくなる年令になってきたのに、ここまで無理をしたのは今回が初めて。それ位平均律2巻は、1巻と比べものにならぬほど大変でした。1巻も1曲1曲が素晴らしい作品なのですが、24組(プレリュードとフーガで1セット)で1つの作品と強く実感できたものでした。2巻はさらっている時からしてそう思ったのですが、1曲1曲(プレリュードもフーガも個別に)が充実した作品、それら48曲を一度にまとめて弾く感覚です。今冷静に考えれば、あそこまでどっぷりつま先から頭のてっぺんまでバッハに浸かれるなんて、こんな幸せな時間はないはずなのに、目の前に全てを遮る大きな壁がたちはだかっているように思えました。

演奏時間は、繰り返しを全てカットしてもトータルで135分ほど。通常のリサイタルは75〜80分でプログラムを組むので2回分弱となります。いろいろな時代や雰囲気の曲を混ぜている訳でもなく、例えばソナタの再現部みたいに殆ど同じと思えるところもなく、弾いていて息抜きできるところが全く無し。練習の時からして最高の集中力を必要としました。だったら、開き直って曲の中にずんと入ったままで弾くしかないか。やっとそう思えたのが数日前・・・。

当日、客席はぴんとした空気が張り詰めながらも静けさに満ち、弾いていて実感できました。まさに咳ゴホンゴホンの風邪が流行っていたあの時、1曲ごとに咳払いが聞こえるだろうけれど集中を切らさないように、と覚悟していたのに拍子抜け(我慢して下さった方、ありがとうございます)。と同時に曲の奥へ奥へと入っていけたんだと思います。実は全然覚えていませんが、覚えていないと言う事は恐らくそういう事ではないかと・・・。そんな中で弾かせて頂けた事、客席の皆様と一緒にバッハの音楽を共有させて頂けたような気がして、とても嬉しく思いました。

それでも平均律2巻を弾くのは特別な事であり、大作曲家の晩年の最高傑作を弾かせて頂くにはまだまだまだまだという想いも更に強くなりました。終わってすぐ、カーテンコールの時に「この2巻を弾く事は恐らくもうないだろう」という想いが浮かび、ちょっとさびしい気持ちになりました。正確には、「とても弾けない(=バッハに弾かせてもらえない)だろう」という事ですが。

本番の記憶は相変わらず薄いままですが、終わった翌日からなぜかいつも、どの曲かが耳の中に鳴るようになったのです。実際はそれだけ心のどこかにしっかりと根付いていたのかと、気付かされた気がします。今となっては、もっともっと年月が経って人生経験を積み重ねたあとに再度演奏出来たら、そんな風にも思えるようになりました。そして1巻の時には出来た事、チェンバロで弾いてみる事もしたいし、新たにパイプオルガンでも弾いてみたいし、そしたらまたイメージがきっと変わるんだろうな〜。しかしいつになるんだか・・・。

もちろん当日の録音はまだ聴いていませんが、いつもの如く書くべきことがいろいろおしてきて書けずじまいになりそうなので、とりあえずこれでまとめとし、何か思いついたら後日書く事にします。いらして下さった皆様、当日どうしてもご都合がつかなくとも応援をして下さった方々、周りで助けて下さった皆々様、本当にありがとうございました。

さて、来月は原田さんとのデュオの本番がちょこちょこあります(さしあたって7月1日分、コンサート情報に載せました)。新曲もあるので、来週からデュオの合わせが急ピッチで進む予定。3月のデュオの本番が終わってから、こちらの合わせはずっとお預けでした。リサイタルの翌日に連弾のレッスン(私たちにとっても全く初めての曲)をする都合上、一度だけ初見合わせをしてもらったのですが、その時は本当に楽しかったのです。バッハがどうなるか自分でも見えなくて一番苦しかった時期なので、それで心が息を吹き返した感じでした。今月はまたこちらの活動に戻れるのが嬉しいです。

あっという間に今年も半分、そして月末です。という事は・・・?


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