ひとりごと(2011年4月分)

2011年4月30日(土)             「2011年のプログラム」

毎度おなじみの月末連続更新となりました。という訳で2011年のプログラムについて少し書こうと思います。

今回のプログラムもいつも同様、前から考えていた訳ではないのです。昨年のリサイタルが終わってあちこちからお尋ねがありましたが、次回一体何を弾くんだか・・・とずっと考えていたのでした。さすがに秋に入っても決まらない事に慌てだし、頭の中でシュミレーションを始め、そんな中真っ先に浮かんだのがシューベルトのさすらい人幻想曲でした。プログラムを決める(決まる)時はいろいろなパターンがあり、まるで天からのお告げのように何を弾きたいかが見えて来る事もあれば、一つずつ考えに考え抜いて決めてゆく場合もあり、いっぺん決めたのに何となく違う気がして新たに決め直す事で気持ちが一発で固まる場合もあり、いろいろです。前回がオール・ドイツ・プログラムだったのでドイツ物をへらすべき?と考えながら、それでもさすらい人が浮かんだのは、いつかこれをメインに弾こうとどこかで思っていたからではないかと。

シューベルトのさすらい人幻想曲は高校の卒業試験で弾きました。先生から勧めて頂いたのですが、怖いもの知らずとは恐ろしいもので、何の疑問も持たず猪突猛進でさらっていたのを思い出します。もちろんこの曲に近づくためのレッスンはそれは厳しかったですが、この曲をきっかけに出来るようになった事、テクニック的な事はもちろん、音楽的な事もたくさんあり、そう考えれば自分にとってのターニング・ポイントにもなった曲とも言えそうです。大学生の時に再度さらった事もありましたが、今回弾くのはそれ以来。改めて今楽譜を眺めながら考えてみると、この曲の素晴らしさと特異さ(と言っていいものか?)は特別なものだと思わざるを得ません。・・・とそれについて書こうと思ったのですが、ちゃんと文にまとめると思いのほか時間をとるので、また改めて(のつもり)。

仮のメインを決めたところで組み合わせる候補曲を考えてみましたが、どうしてもこれというものが思いつかず。でも、さすらい人と組み合わせるには無理がある、でも何だか気になって気になってこれって今弾くべき?と思う曲が1つ出てきました。それがフォーレの主題と変奏でした。3年前にフォーレを数曲演奏した時に、懐かしい場所に戻ってこられたような不思議な気持ちになった事を思い出しました。フランスに留学した訳でもなく、フランスものを中心に勉強していた訳でもなければ、フランス語がしゃべれる訳でもなく・・・要するに自信をもって演奏出来るような事は何もないのに、でも妙に惹かれるところがあり、あと室内楽で何曲か弾いていてそれがやはり居心地が良くて・・・要するにフォーレが好きだという事で、そしてなぜか今弾くべきだと確信が持てた。そんな訳でこれもプログラムに入れる事にしました。

第1のメインがシューベルト、第2のメインがフォーレ、どちらを前半、どちらを後半にするか?両方可能性はありますが、私としては時代順に、そしてやはり静かに余韻を残してフォーレで終わる事を選びます。と言う訳でシューベルトを前半の終わりに。そして他は何を組み合わせるか、いろいろな曲を弾いて時間を計りながら考えていきました。

まず後半を考えました。最後がフォーレだから後半全てをフォーレでまとめる、あるいはフランスものでまとめるという選択肢もありますが、さすらい人とのつながりを少しは感じられる作曲家がいいかと思い、ショパンにしました。ショパンはしばらく弾いていませんし、弾いてとリクエストされる事が最も多い作曲家なので。この恒例リサイタルシリーズでまだ弾いていなくて今弾きたいものを考えたら、バラード3番が浮かびました。フォーレと合わせても20分ちょっとではまだ足りず、そして後半バラードで開始するよりその前に弾けるもう少し軽いものを、と考えたら、マズルカが出てきました。弾きたいと思っているのにプログラムを組み合わせる段階ではまらなくなってしまって、いつも弾けずじまいなのです。なので作品24の4曲のマズルカを。これで後半は決まりました。

プログラム出だしの曲を最後に考えるのが一番大変なのですが・・・。シューベルトの前に持ってこられる作曲家と言えばモーツァルト、ベートーヴェン、あるいはハイドンという手もあります。さすらい人幻想曲は全曲続けて演奏される曲とは言え、一応全4楽章のソナタとみなす事もできるので、最初にソナタを置くのは避けようと考えました。そこで古典派の作曲家の変奏曲や小品をいろいろ考えて浮かんできたのが、ベートーヴェンの自作主題による6つの変奏曲。これも遠い昔、プログラムに入れていてチラシ印刷ぎりぎりまでさらっていながら、思いきってスパッと外した経緯があります。だからリベンジという事でやっと日の目を見ます。でも前半の時間を計ってみれば2曲合わせて35分弱。これではいくらなんでも前半短すぎると言う事で、15分以内の曲を入れる事にしました。ベートーヴェンを最初に弾いておきながら2曲目で時代を遡るのは嫌なので、ベートーヴェンの短めのソナタを考えてみました。今まであまりリサイタルでとり上げていない中期のソナタと言う事で、作品27−1を選びました。これで前半が50分弱位。

決まったところで全曲続けてざっと弾き、日をおいて再度弾いてみて決定しました。ベートーヴェンの自作変奏曲作品34、ソナタ作品27−1、シューベルトのさすらい人幻想曲、休憩をはさみ、ショパンのマズルカ作品24、バラード3、フォーレの主題と変奏、というプログラムにあいなりました。実は決めたのは昨年暮れ、その後すぐ年間で一番慌ただしい年度末に入り、おまけに弾いた事のない現代曲の伴奏がわんさかわんさかあって譜読みに追われ、その後に連弾のリサイタルもあったので、ソロのリサイタルの事はすっかり忘れていました。出来上がってきたポスターを眺めながら、そう言えばプログラム最初と最後が変奏曲、それにベートーヴェンのソナタは「幻想曲風ソナタ」だから2曲続けて幻想曲か・・・なんて気付いた次第。

久しぶりに長くなりましたが、プログラムを決めるのにはこんな過程を踏んでいるという事、何かの参考になればと思いつつ書かせて頂きました。プログラミングの善し悪しは演奏の出来に匹敵するほど重要と思っているので。

というところで連休はしばし、ご案内状書きと曲目解説書きにいそしむ予定です・・・。



2011年4月29日(金)             「90000!」

またもやご無沙汰しています。

先週から大学の通常授業が始まり、やっと新学期らしい生活になってきました。例年、授業開始後2週間は全く落ち着きません。全員の都合を聞いてレッスンの時間割を組むのが大変で、そこにまた新入生など追加があればまた組み直し、レッスンでは春休みにごっそり出しておいた宿題を一気に聴くと時間がかかり(毎週少しずつ聴く方が意味あり・・・止むを得ないけど)、宿題を見事に弾いてきた人と新入生には今後の事を話しあってまた曲を決めます。いくつかある授業もまずはクラス分けから、それから学生さんの顔ぶれや人数を考慮して何をやろうか考え・・・というところで連休に入りました。今ここでペースに乗せてしまいたいのに1回抜けるのは痛いけれど致し方なし。何となく気もそぞろなところ、ふと我に帰ればリサイタルの準備が全くなっていない事に気付いて蒼くなっています。

それにはいろいろな理由がありますが、言い訳をここでしても仕方ないし、言い訳並べたところで既にこの状態なのはどうしようもないので書きません。連休は例年曲目解説を書いていて、当然その前にご案内状は送り終えているのですが、それがあらかた残っています。未だご案内が届かないけれど?とお思いでこれをご覧になっていらっしゃる方も多いと思います。本当にすみません、急いでお送りするように致します・・・。

その後の被災地の様子、原発の状況、ずっと気になっています。正しい情報を知りたいと思い、何か出来る事はないかと思い・・・今もいろいろ見て、いろいろ読んで、いろいろ考えています。

ちっとも更新出来ない間にいつしかアクセスカウンターが90000を超えていました。いつ更新されるかわからないような感じなのに、いつも見にいらっしゃる皆様、本当にありがとうございます。言い訳も有言不実行も嫌いなので、何とかお約束の更新回数は維持しようと思っています。これからもどうぞよろしくお願い致します。

当たり前の日常が当たり前に送られる事、これ以上の幸せはないはず。一日も早くそんな当たり前の日常が被災地の皆さんにも訪れますように祈ると共に、心は一緒に頑張りたいと思います・・・。




2011年4月11日(月)             「余震」

今日は大きな余震が連続しています。何だか気が気じゃなくて、ラジオでテレビのニュースの音声を流しっぱなしにし、その中で書いています。緊急地震速報、東京が範囲に入っていないとケータイのは鳴らないらしく、ニュースで鳴る音が頼り。あの和音が鳴ると条件反射で体が動くようになっています・・・。

前回書いてからもいろいろな事があったので、続きで書こうと思っていた事が何だったか、具体的に思い出せなくなっています。思い出してきたらもちろん書くつもりですが・・・。それよりも今日は震災から1カ月。あの日、たくさんの方々が尊い命を落とされました。そして今も不安な思いをされ、大変な生活を続けている方々が大勢いらっしゃいます。原発問題が収束に向かうには長い時間が必要となるのではないでしょうか。ちっぽけな自分が何ができるか、たくさん考えながら日々生活していかなくてはならないと思っています。以前と同じように人々が安心して暮らせる日が来る事を、美しい豊かな自然が戻る事を信じています。

今日の余震で思い出した事がたくさんあります。地震の日に会場から見た、灰色の雲が重なりあった不吉な西の空、翌日夜明けと同時に車で出発し、途中で見た朝焼けの美しい色・・・こんなに恐ろしい信じられない事が起こっているのに、どうしてこんなに静かで美しいのか。訳が分からなくなりました。

延期公演当日は、心のどこかで3月11日の出来事を思い出していました。心細さや恐怖、あちこちになかなか連絡がつかない事への不安などなど。そしてあの日奏でられなかった思いを引きずっていたと今でこそわかりますが、無我夢中でいったい何を思っていたのかさえ覚えていません。チャリティー公演として行うにあたり、準備しなくてはならない事が増えました。コンサートの意義は変わったけれど、いい音楽を求める気持ちは変わらない。でもお客様に安全に過ごして頂き、そして帰って頂く事が一番。それで頭がいっぱいだったような気がします。

もともと今回はトークを交えたコンサートにするつもりでしたが、頭が他の事でいっぱいでトークの内容は殆ど考えていませんでした。何はともあれ、緊急地震速報が鳴ったらどうするか?等安全に関する話を最初にし、後は曲に関する事をちょこっとお話しさせて頂けばよいかと考えていましたが、いざマイクを持ったら口が勝手にしゃべるしゃべる。1人でだとしゃべりすぎてあっぷあっぷしても、止めてくれる人も茶々を入れる人もいない。それに比べれば一緒に話してくれる人が隣に居るというのは本当に心強いものです。

演奏は・・・説明できない不思議な精神状態でした。緊張もしなければ緩んでいる訳でもなく、こう弾きたいと音で主張したい訳ではなく、だからと言って考え無しでもなく、かなり冷静なのに音楽にも集中出来ていて・・・。でもそれは会場の皆さんの思いを受け止めての事だと思うのです。あの頃、世の中の演奏会がことごとく中止になっていて、「生の演奏を聴きたかったから聴けてよかった」と言って下さった方が随分いらっしゃいました。きっと皆さんも一緒に心の中で演奏して下さったのだと思います。そして「音楽をああしようこう弾こうと考えるのは止めよう」と思ったら、音楽が自然に流れ出しました。それまでの過程で考えたり議論したり試してみたりした事、そんな時もあったっけと思えるほど、全てなるがままに任せられました。

アンコールの2曲目、フォーレのレクイエムからピエ・イェズは、本番数日前にふと思い立って用意したものです。ピアノ・スコアを見ながら4手に配分して弾いていたもので、当然原曲にはかなわないのですが。会場の皆さんと共有できたあのひとときはとても印象深いものでした、とだけ書いておきます。それ以上はちょっと言葉に表せません・・・。

延期公演についてはまだまだ書き尽くせていない気がしますが、それ以上はあまり良く思い出せないとも言えるし、思い出せない事はそんなに大した内容ではないとも言えるし、とりあえずはこれで終わりにします。聴いて下さった皆様をはじめ、たくさんの方々の思いを頂いて無事に終える事が出来ました。本当にありがとうございました。

明日から高校授業が始まります。元気な姿に再会できるといいな・・・。




2011年4月1日(金)              「延期公演」

延期公演が終わってからもう1週間・・・。

既に月4回更新してあったから待っていた訳では、決してないのです。なかなかご報告できずごめんなさい。終わってからいろいろな想いが寄せてきて、心が重く、頭の中はぐるぐるしていたのです。何もできないまま時が流れました。今となってやっと、無理をおしてでもやらせて頂けて良かったと思えるようになったのですが。

お陰様で、延期公演も無事に終える事ができました。音楽の力、そして人ひとりひとりの想いを強く確信できた一夜となりました。

地震の日から1週間、全くピアノにさわれず不安なまま過ごしました。そして延期公演を決めてからは毎日合わせをし、そしてチャリティー公演にするためのさまざまな準備に追われました。今思えば、無我夢中で過ごしていたのですが、そんな自覚もない位いっぱいいっぱい。でも気持ちは、この地震と原発事故に向いていました。毎日ニュースを見ていて、胸がつぶれそうな思いでした。何かをしたいと思ったものの、自分に出来る事と言えば音楽しかない、と考えたのもあります。不安定な世の中だけれど、音楽が日々の生活の中から消えてしまっていいのか、と思ったのもあります・・・。

時間を遡って、試験期間が2月下旬に終わってからの半月、3月11日に向けて時間さえあれば合わせていました。それはもちろん、いい音楽、そしていいアンサンブルをお客様にお届けするため。プログラムの半分は昨年秋にお披露目してあるので、新しいグリーグとフンメルの合わせがメインとなりましたが、それでも1回のリサイタル分のプログラムを用意して仕上げるのは大変な事。議論になった事もたくさんあります。2人で1つの音楽を創る。1台のピアノを4本の腕で譲りあい、ぶつかりあいしながら弾き、2人で鳴らした和音のバランスを聴き合う、正にピアノのソロと全く違った感覚でした。後はやるしかないと前日に思えた位だったのに・・・。

気持ちが切り替わってチャリティー公演としての延期公演を決めてからの事は、前回↓書かせて頂いた通りです。それでも余震や計画停電によってコンサートが再度中止になったり、コンサート中に緊急地震速報で演奏中断したり、コンサート後にお客様が帰れなくなったり、そういう事態にならないように祈っていました。いろいろな困難が待ち受けている中、公演を行うにあたって、何よりも安全に対しての責任があると思っています。そう言う意味で無事に終えられた事にホッとしました。

今回チャリティー公演として行う事にしましたが、それはほぼ原田さんが精力的に動いてくれた事で成り立っています。恐るべく行動力です。義捐金の募金、救援物資として新しいタオルを皆さんに持ってきて頂き、それを梱包して送る事、など。お陰様でタオルは大きな大きな段ボール2つ分集まり、終演後に慌てて(物資の締め切りが迫っていたため)配送所へ持って行きました。義捐金も予想をはるかに上回っていて、皆さんの温かいお気持ちが伝わってくるようでした。ご協力、本当にありがとうございます。

そして当日は止む無い事情により、本当だったら聴いてほしい方々に受付業務を手伝って頂きました。快く手伝って下さって、お仕事ぶりもばっちりで、本当にありがたかったです。受付業務が怪しい状況なら、ピアノを弾いているどころではなくなってしまうので、何の心配もせずにお任せ出来るのは素晴らしい事だと、本当に感謝しています。

それにしてもいろいろな偶然が重なってチャリティー公演ができたと思うと、感慨深いものがあります。地震の時も本番でも温かなお心遣いでサロンのオーナーさんご一家が助けて下さった事。延期公演の日程を考えた時に、ちょうどいい時期にサロンの空いている日があり、私たちも空いていた事。お手伝いして下さる方々皆さんのご都合もついた事。チケットを持っていらっしゃる方の中で25日に都合つかない方が少なかった事。そしてその穴を埋めるように新たに来て下さる方が見つかった事。日が近かったので曲や合わせの感覚を忘れる事もなかった事。ちらしやチケット、プログラムなど予備があったので刷り直さないでよかった事。そして地震当日、外国から一時帰国し、あるいは近畿や東北からこちらに向かい、あるいは電車が止まったので歩いて来て下さった方々の存在・・・その遠方からの方々は25日は来られなかったのですが、皆さん心配して下さり、こちらがどんなに勇気づけられたか分かりません。

25日の本番はいつもと全く違ったものでした。なぜピアノを弾いているのか、その意味がはっきりしました。そして会場の皆様と1つの想いを共有出来たひとときとなったように感じています。幸せな時間でした。

・・・読み返してみて、あまりにも順不同!? そして、考えている事の10分の1もうまくまとめられていないし、演奏については何も触れていないので、また改めます(ってその頃忘れている気もしなくもない?)。いつもの事ですが、原田さんはブログに写真付きでいろいろ書いてくれていますので、よろしかったらそちらもご覧下さい(リンクのページからどうぞ)。

今日から新学期。地震の影響で例年と比べて大幅にスケジュール変更されているらしく、その後がどうなるかがわからないのですが、とりあえず今日から。気持ちを切り替えねば。そして6月のリサイタルまで2カ月しかないっ。コンサート情報にアップしたのでご覧下さい。とにかく慌てて今から寝ます。続きは後日。

おやすみなさい・・・。


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