ひとりごと(2010年9月分)

2010年9月30日(木)             「レガート」

今年度ももう半分終わり。

これから半月はかなりキツイ日々が続きます。夜はもう寝るだけってバタンキューできればいいのに。そう思い続ける毎日。それでもやっていられるのは心が栄養で満たされているから。体は・・・冷静に考えれば確かに相当キツイはず。だけどこのところは演奏会や展覧会など、素晴らしい作品に触れる機会は無理してでも作っているので、自分が空っぽになるような事にはなっていない。それが救いです。

今日は久しぶりにまじめに音楽の話を。この話題ならいくらでも書ける事はあるのですが、頭を使って腰を据えて文章をまとめる気力が出てこなくて・・・。

ピアノのレッスンでも合わせでも最近あちこちで話している事。レガート、抑揚、流れ。この3つは密接な関連があるのですが、この内のどれかがうまくいかないと自ら思っている人に質問されたり、またこちらから話を切りだしたりする事が多かったのです。

レガートとはなめらかに演奏する事とよく言われますが、それは隣り合った音同士を均一につないで行く事だけでは何か違う。いつも実際に弾いて説明するのですが、それだけでは決して「なめらかに」聴こえないのです。音量や音色、隣り合った音の重ね具合、いろいろな方法を駆使したら、自然な抑揚で聴こえるラインがとれます。何か文章を話してみるとわかると思いますが、抑揚なく同じ高さで平均的にしゃべったら不自然だし意味も通じないはず。標準語でも方言でもあり得ないアクセントや抑揚がついていたら、更に論外。「粒をそろえて」演奏するというのもよく聞きますが、これもその自然なラインにそっての粒がグラデーションで並んでいる事で、各音がまったく同じ音量音色で並んでいる事ではないのです。という訳でレガートに聴こえるためには自然な抑揚を。

音楽上の抑揚も好き勝手につけて良い訳ではありません。そのヒントになるのがまず和声(ハーモニー)や調性。その他リズムなど楽譜上から読みとれる情報ももちろん、そこからどうフレーズを感じるかが決まってきます。それを理屈からではなく自然に感じられるように、ソルフェージュや和声などを勉強する必要があるのです。

音楽が「流れる」「流れがある」事についてもよく伴奏をしていて尋ねられるのですが、流れないならテンポを上げればいいかというとそうでもないのです。速くても流れないものは流れないし、遅くても流れるものは流れる(というのを同じテンポで比較して弾いてみると納得してもらえるのですが)。これは、音楽上のなだらかなアップダウンの坂を進んでいるところを想像してみて下さい。まず下り坂を下りる内に加速度がついてそのまま上り坂を勢いで上がれる。坂のてっぺんにきて止まっても、また下り坂が始まれば進む事ができる。そうやって繰り返しの内に音楽は進んでゆきます。ゆっくりのテンポでも流れる音楽というのは、自然な抑揚に沿ったグラデーションで音が連なっているので、耳の錯覚で音楽が流れるように聴こえるのではないかと。こんな風に考える事ができるなら、例えば全て四分音符が並んだだけのテンポの遅い旋律でも、流れをもって演奏する事は可能なのです。

以上に加えて音程を創る事ももちろん、管楽器や弦楽器の方々は全神経を研ぎ澄まして旋律を演奏されているのだと思います。ではピアノは?旋律以外に伴奏も含めて、あるいはフーガなど多声音楽では何本も絡み合った旋律を、↑のような事を考えて全ての音を奏する。音程を自分で作らなくてよいものの、また別の苦労というか面白さがあると思っています。

あー疲れた。実際に音を出しながら説明すれば1分で済むのに。いつも言っていますが元々私は感覚的人間で、感覚だけに頼っているのがまずいのも自覚していれば、相手に伝えるのに(レッスンでも合わせでも)言葉で説明できなければならない。という訳で何とか言葉でも伝えられるようやってみています。

という訳でまた今日もまともに寝られない晩となりました。いつも同様朝が早いので、すぐ寝ます・・・。



2010年9月27日(月)             「連鎖」

ついにやってきました秋雨の季節・・・いよいよ秋だと覚悟を決めなければ。

先週も盛りだくさんな日々でした。コンクール等本番を控えた学生さんが多く、ピアノのレッスンでも伴奏でも密度の濃い時間が流れています。洗足では副科は選択制で希望して履修するので、副科の学生さんもかなり気合が入っています。合わせのスケジュールがうまく組みこめなくて何時間もぶっ続けという事もしょっちゅうですが、集中していて全く気付かない内に一日が終わる・・・そうやって毎日が過ぎていきます。そんな中、新しい学生さんや新しい曲との出会いがあり、学生さんが自ら何かを見つけ、何かに気付き、演奏がみるみる変わってゆくのを目の当たりにできるのは、本当に嬉しい事です。

週末は久しぶりに半日家に居られました。お天気が良かったので、季節の変わり目にしなければならない事をしなくては・・・と思い立ち、夏物をしまうため洗濯をしていました。家の事に意識が行くと、あれもこれもとやっておきたい事が連鎖的に出てくるもの。そうだ、無農薬レモンをまとめ買いしておいたのを早く絞らなくては、と思い出してごりごり絞っていました。まとめて絞って製氷皿で凍らせ、その都度使うのです。なぜか突然ジャガイモのサラダが食べたくなり、それもよく作るジャガイモをつぶすサラダではなく、大きく切ったまま和えるやつを。レモン絞りの間に茹でれば時間も有効、という訳で頭の中を空っぽにして作業していたら、玉ねぎもいっぱい食べたい、と思い立って大量にスライス。ジャガイモに絡むようにしんなりさせたかったので直感で塩水に漬け、まだちょっとパリパリ?していたので和える前にぎゅっと絞り、ちょうど目の前にあったレモン汁を多めに下味としてかけてみました。いつもはマヨネーズなのですが、ちょうどシーザーサラダのドレッシングがあったのでそれを使い、余っていたビーフパストラミを刻んで混ぜました。キュウリはなかったので省略。でも大量の玉ねぎとレモンは意外にもジャガイモと相性がよかったようで、結構美味しかった。また作ろうっと。

そう言えば野菜スープも久しぶりに作りました。体調がどことなくおかしくなってきた時、それも胃腸から来ていると思わされる時、よく野菜スープを作っていたっけ。そんな事も全く思い出せなくなっていたなぁと、日々の過ごし方に反省です。閃く時は手元にある材料を見て、何を作ろうかと何通りも思いつくのに、今は閃くどころか作ろうという気もなかなか・・・。野菜スープと言えば私の中では玉ねぎとセロリが欠かせないのです。今回は玉ねぎ、そしてキャベツがまるごとあったのでセロリの代わりに、彩りに人参を使いました。炒めてから煮込み、牛乳も山ほどあったのでミルク仕立てにしたのですが、長らく冷蔵庫の奥にご滞在のトマトが出てきたので、ダシ代わりに刻んで入れました。牛乳とトマトでは分離しないか一瞬不安になりましたが、食べてみたらこれが大当たり。ミルクとトマトでほんのりオレンジ色になり、またえも言われぬまろやかさが出ていました。こういうのも偶然のなせる技。分量が違っても上手く行かないし、熟度が高いのに水分が程良く飛んだトマトがあるとも限らず・・・。

何かと作ろうと思えばいつもパスタ!だったのに、最近野菜づいて作らずじまい(ま、パスタでも野菜メインのソースにすればできるけれど)。もともと野菜(も)大好きなのに、毎週届く有機野菜の箱を開けて「わぁ」と感動する事もなくなり・・・やはりどこか神経が麻痺していたのかも。体調が良くなると体にいいものしか食べたくなくなる、という感覚も久々に思い出しました。「普通」の感覚はとても大事、出来る事なら普通な時間の過ごし方も大事だけど、時間ばかりは皆平等だからできる限りの無理をするしかないかな。なんて思う月曜の夜明け・・・。



2010年9月20日(月)             「夏の収穫」

お彼岸に入りました。この暑さ良く続くもんだ・・・と思っていたのに夏もいつしか終わり、何故か今、秋を通り越して冬、それも年末年始の試験シーズンが視野に入ってきています。こうやって学校での1年間は過ぎてゆく・・・。

急に涼しくなると途端に夏の疲れは出てくるもので、このだるさと眠さをどうにかしてという感じでしたが、やっと時間が取れて久しぶりにマッサージに行ったら「(あまりにも状態が悪すぎて)どこからどう手をつけてよいかわからなかった」との事。確かに。身体が軽くなったばかりか血のめぐりもよくなったような気がします。

夏前から貯めこんでいた雑用がちっとも片付かないまま秋に入っていますが、何でこうなんだか?と考えていて思い当たる事がありました。時間が限られていると集中できないという事。例えば同じ2時間でも、家を出るまでの2時間という絶対に延ばす事の出来ない時間と、今から寝るまでの2時間といういくらでも延長可能な時間を比べると、前者のようなシチュエーションでは結局中身のない時間の使い方をしてしまうのです。集中してのってきたところでぶちっと中途半端に終わらせるのが嫌でもあり、その時刻まで終わらせなきゃと思ってしまうと適当な事しかできない自分も嫌。練習やレッスンや合わせ、このひとりごとや手紙を書く時、料理とか植木の水やりとか家の事も然り、買い物とか美術館に居る時も然り。相当なせっかち短気も原因ですが、要するにわがままな時間の使い方が好み・・・?

その代わり、いざとなれば気持ちも頭も切り替えは恐ろしく早いのです。演奏会の翌日素面(舞台仕様でなくなるという意味)になって、なんであんなところ(舞台)に昨日何事もなく立てていたんだかと思って怖くなるのはいつもの事。机の上に広げて夢中になって考えていた事も、ピアノに向かった途端ケロッと忘れてしまう事も良くあり・・・という訳で徹底的に手帳もケータイも活用するメモ魔です。ところが最近その手帳を開く度合いが減ってきていて、ある時手帳を開いて突然今すべき現実を突きつけられ、真っ青になる事も多々。

そんな訳でちょっと反省し、この後さらわねばならぬ曲について思いを巡らしていたのですが、なんと来年のリサイタルの曲を全く考えていない事を思い出しました。夏休みに入りたての頃ちょっと考えていたのに、目の前の本番の曲を必死でさらっている内にどろんっ。学生さんのコンクールや試験の曲も考えていたから、というのは言い訳にしかならないのですが。弾きたい曲はあるものの、一晩のプログラムとしてセンスの感じられるものにしようと思うと、ベストな組み合わせがどうしても思い浮かばず。

これで思い出し、コンサート情報に2件追加しました。今年はリヒャルト・シュトラウスの室内楽。室内楽の大好きな曲5本指に入るリヒャルトのヴァイオリン・ソナタがまた弾ける!という事で、今からワクワクしています。

話変わり、先日の連弾つながりの事を。終わってみて思ったのですが、本当に素敵な曲揃いでした。プログラムをどうやって考えたかというと、まずトータルで30分かそれ以下という条件があり、でもどぉんと1曲でなく何曲か組み合わせようというところから始まりました。何が真っ先に出てきたか記憶は定かではないのですが、連弾と言えば古典的にはモーツァルトかシューベルト、その中から何か1つというところでモーツァルトのアンダンテと変奏曲を選びました。確か図書館でモーツァルトとシューベルトの全集を借りてきて、2人で片っ端から初見で弾いてみた記憶があります。そしてまた全然違ったタイプの曲は?と考えていて、ラヴェルのマ・メール・ロワ。大好きな曲という事で意見が一致したのです。これだけだとおとなしい曲ばかりになってしまうので、最後に盛り上がる曲を何か・・・と考えて、シャブリエのエスパーニャ。ラヴェルはスペインの血をひいていた事もあって、そこでつながるからいいか、と。アンコールで弾いたファリャのスペイン舞曲(はかなき人生より)も、スペインつながりでした。

こんな経緯で選曲した訳ですが、偶然にもモーツァルト以外はオーケストラでも演奏されるものばかり。ラヴェルは作曲者自身が後に管弦楽組曲とバレエ用組曲に編曲、シャブリエとファリャは共に後から別の作曲家によって連弾用に編曲されたものです。という事で3曲ともオーケストラのスコアを参照しつつ曲を仕上げていったのですが、音の感じ方作り方については作曲家でもある原田さんからたくさんの事を教わりました。ピアノ連弾の楽譜に直すにあたってオーケストラのスコアの全てを盛り込む事は出来ないので、変更や省略がなされているのですが、スコアをどう読んで実際の響きを想像するか、その手順を覗かせて頂けたのは本当に勉強になりました。そして作曲家はどう音楽を創造し、楽譜を書くかという事も。作曲者側の見地から楽譜を読むのが最初にすべき事と思っていても、実際に私がしていたのは、演奏者の立場からどう弾けばどういう響きになるのかを探る事。この事実に今更のように気付けたのも大きかったです。人間やはり本当のところは自分ではわからないもので。

連弾の本当の難しさ奥深さに気付けたのも夏の収穫なら、作曲家とピアノ弾きで協力して音楽を創る経験ができたのも収穫でした。今度いつかできる時にこれ以上のプログラムが組めるかどうか。ピアノをピアノらしく弾かない事(これについて過去に詳しく書いた記憶があるのですが、いつ書いたか今思い出せず)をモットーとしている私にとっては、まだまだ知らない世界がありすぎるし改めて謙虚に勉強していかなくちゃと思いつつ、更に楽しみが増えたのでした。

この続きでまだ書けそうですが、久しぶりに集中して書いたら他の事をする時間がなくなってきたので(言わんこっちゃない)、続きはその内に。

連休も終わり、また学校が始まります。家ですべき事も自分の練習もまたすっぽり抜け落ちそうでコワイコワイ・・・。



2010年9月15日(水)             「連弾デビュー」

またもやご無沙汰しております。暑い暑〜い大阪から帰り、学校に通う日々が戻ってきました。

まずは大阪クラシック、たくさんのお客様が熱く迎えて下さりました。35度という暑さの中、長時間並んで待って下さり、またそれでも座れずに立って聴いて下さる方も大勢いらして・・・本当に感謝しております。ありがとうございました。

今回相棒(?)の原田さんから声をかけてもらって、ご縁あって連弾で、そして大阪で演奏する機会を頂けました。今思い返してみれば、連弾曲だけでプログラムを組んでみたのも初めてだし、大阪クラシックにチャキの江戸っ子が出させて頂いて良いものか、ちょいとばかり気後れがしていたのも事実です。当初、トークは全て、エセ大阪人(本人曰く)の原田さんに任せようと思っていた位でしたが、直前になって少ししゃべらせてもらってもいいかな?と気持ちが変わり、結局本番ではお客様の温かさに支えられて無駄な事までしゃべってしまったような、そんな有様でした。

原田さんはその日だけで3公演、この連弾は3公演目。私は連弾だけだったので前の2公演では譜めくりをつとめておりました。1公演目はカプスーチン、ジャズの要素満載のトリオ。2公演目はマーラー、そして知られざるリヒャルト・シュトラウスの作品をピアノ・カルテットで。両公演ともあまり演奏されない珍しい作品ですが、メンバーの方のトークに魅力があり、それを更に超える熱演!そしてこれを聴きに集まって下さったお客様の温かい拍手。スタッフの皆様のきめ細やかなサポート。そんな中で演奏出来る心地よさをじんわりと、譜めくりしながら感じておりました。この経験があったお陰で雰囲気が分かり、本番で弾かせて頂くのが楽しみになってきたのです。

しかし・・・あんなにたくさんのお客様がいらっしゃるとは思いもしなかったので、舞台に立って本当にびっくり。演奏時間にして約30分、トークも入って計40分位でしょうか。でも正に一瞬の出来事でした。原田さんが当日しゃべってくれた通り、今回連弾の本当の難しさを目の前に突き付けられた気がしていたのです。直前一週間は二人して無理という無理を重ねたという実感がありますが、本番は本当に楽しかった。もっと上を目指したい気持ちも更に高まれば、連弾の奥深さ難しさが更に見えてきた気もしますが、それを超えた楽しさがあると思えたのも嬉しい事でした。辛抱強く付き合ってくれた原田さんにも本当に感謝です。

終演後原田さんは用があって会場に戻りかけたら、お客様が次々と温かいお言葉をかけて下さったそうです。そうやって気さくにお声をかけて下さるのがここ大阪の方々なのですね。その場に居合わせなかったのが残念ですが、会場の皆様がそういう想いをもって聴いて下さっていたのは強く伝わってきています。また初めてお見かけする方が控室を訪ねてきて下さったのですが、なんと私の10年前のリサイタルを東京で聴いて下さったそうです。当時のプログラムも持って来て下さり、それをご丁寧にとっておいて下さった事も名前を覚えていて下さった事も、ありがたいなぁとつくづく感じました。

・・・という訳で、これで終わらせずにまた次を目指して頑張ろうと思った、そんな連弾デビューとなりました。またいつか大阪の皆様に聴いて頂ける機会があったら嬉しいのですが・・・本当にありがとうございました。

これに関して思った事や考えた事はまだまだたくさんあるのですが、今とてもまとめきれなくて・・・もし思いついたら改めて書くつもりにしています。

先週後半、大学はわずか数日の秋休み、高校は文化祭のため授業は無し。たまたまその期間に大阪行きが重なったのはある意味ラッキーでした。先月荻野さんのリサイタルが終わったところで一瞬気が抜けかけたのですが、次の週はコンクール等の伴奏がいくつもあり、また授業も始まってバタバタし、そのまた次の週が大阪クラシック、というスケジュール。この秋休みがなかったらどうなっていたか、考えるだけでも恐ろしい・・・。

急に今日から涼しくなるようですね。今年の酷暑の最中も意外と平気だったのですが、例年夏の始まり、そして夏の終わりにものすごい疲れに襲われます。相変わらず帰宅したらうたた寝バタンキュー。日付が変わる頃に再度目覚め、明け方からひと眠りという無茶苦茶な生活を何とかしたい。でもなっかなか書けなかったひとりごとがとりあえず今月の初回分書けたのでホッとしました。

それにしても今年はさるすべりが花盛り。皆が今年さるすべりを植えつけたかのごとくあちこちで目につくし、9月半ばというのにまだ咲いているのは酷暑のせい?学校の正門の竹やぶに絡まって咲いているたくさんの朝顔も、花の盛りはまだまだ続くようです。家のバジリコやミントは芽生え当時はスズメに食べられ、その後バッタの襲撃にあい、今は大発生したへんちくりんなイモムシ?が食い荒らし、丸裸状態(これも酷暑のせいだか)。毎年作っているジェノベーゼソースが今年は作れなさそうな危機です・・・。

というところでおやすみなさい。今日も1日頑張ろうっと・・・。


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