ひとりごと(2010年12月分)

2010年12月30日(木)             「2010リサイタルの回想」

仕事を納めても今一つ年が変わるという実感が持てなかったのですが、クリスマスを過ぎると毎晩街中に「ひのよ〜うじんっ」という声と拍子木を打ち鳴らす乾いた音が響き渡ります。火の用心。これを聞くと(年賀状書かなきゃ)と、さすがに観念します。数日前少し早めに帰宅した時、駅の近くでも見回りがありました。どうやらあちこちの各町会で見回って下さっているようです。この寒い中、ありがとうございます。

リンクのページに1件追加しました。原田愛さんのブログ。っとこっちがアップする一足先にアップされ、最後の方にちょこっと、聞き捨てならない事が書かれているではないですか?ま、それはともかくとこのブログを読んで頂いたらわかると思いますが、相当真面目で、且つ面白い人です。後はお読みになってご判断下さい(面白いのでお勧め)。

さて、この1年を振り返って書こうと思ったら、まだリサイタルの回想を書いていなかった事を思い出しました。回想と言えるような事は書けないかもしれないけど、年明けたら次回のリサイタルの準備が始まるので、その前に気持ちの上での一区切りをつけるつもりで、ちょこっと。

今年は1日1日が本当に慌ただしく過ぎ去りました(その原因は多々あり、それが何かもちろん分かっていますが)。年に1度のリサイタルのために練習時間を確保する事も、正直なところかなり大変になっています。理想は、学校卒業したての頃のように、ピアノに向かいたいと思った時に時間を作れる事、強制的に時間をひねり出すのではなく、演奏に必要な事(練習のみならず、曲について理解を深めるための勉強、心身ともにゆったりできる時間、感性を磨くための経験、などなど)も日々できる事、なのですが、それは社会人になったら所詮夢物語。限られた時間の中でどれだけのものを準備できるか、それさえもが言わば能力だと感じさせられる、今日この頃です。

演奏の質を落とすのなら、「これが自分」と言いきれない演奏になってしまうなら、その時はやめるべきと自分に言い聞かせて、この数年はどうにか続けてきました。それでもそもそも毎年1回、それもプログラムの曲を重ねないのを条件に続けようと決めたのは自分なんだから、やるしかないのです。自分を甘えさせようと思えば、いつでも楽な方に転がる事はできる訳で・・・ただ、状況は常に変わってゆくものだからそれを受け入れつつ、その中で出来る限りの事はして、何とか続けてゆきたいと思っているのです。しかしできるかな・・・?

近年思う事はいろいろあります。1つは、何年もかけて準備すべき大変な曲、やってみたいのですが、自分の場合それは出来るのだろうか?という事。もう1つは、本番の自信には、「こんなに練習したんだから大丈夫」と思えるほど練習をする事が必要だとしたら、それはもう無理なのではないか、という事。ちなみにこちら、あるスポーツ選手が子供たちからの質問を受けてそう答えていらっしゃいました。それを見ながら、ついつい考えこんでしまったのです。

「何年もかけて準備すべき曲」と一言でいいますが、テクニック的に(あるいは譜読み的に)大変だから少しずつ弾けるようにしていく曲もあり、音楽的に深遠だからこそ何度も弾く内に深めてゆくべき曲もあります。どちらにしろ、例えば3年という期間を設定して、毎日毎日少しずつ取り組んでいくとやり方は・・・イメージするのも不可能。なぜって曲はナマモノだから、1095日も弾いていたら・・・いやいやもっても90日?その曲を弾く時の感性が鈍るというか腐ってしまうと思うのです。出来るとしたら3カ月弾いて9カ月放っておいて、また次1カ月位弾いてまた11カ月放っておく・・・というような具合。でも一寸先は闇だからそんな先の事は計画できないし、実際こうやって少しずつ弾いていたのに気持ちが変わってお蔵入りした曲も、いくらかありました。要するに飽きっぽい?この性格は(集中力は備わっているはずですが)。

練習が自信につながるという話ですが、今となっては生活の全てを練習に当てるとか、納得できるまで練習するとか、それはもう無理。そしてその上に起こる問題、これだけ長くピアノを弾いていれば舞台でのいろいろな経験があるもので、当然年月に比例して怖い思いをした事も増えて行きます。調子の悪い時(えてして精神的な調子)にそういう過去の事がふっとよぎるのは、どうにも出来ず。怖いもの知らずの頃が懐かしいです。またこれとは全く逆で、「何でだかわからないけれど今日は怖い」と思う時もあります。まるで不可抗力のように、どうにも好転しないと思わされる時もなきにしもあらず。そういう時があるという事も、そういう時はどうすべきかも、年と共にだんだん分かってきました。

純粋に音楽の事だけ考えられなくなっているみたいに見えるかもしれませんが、それは逆で、これからも続けてゆけるようにいろいろ考えているつもりなのです。

あと最近気付いた事。子供の頃弾いていた曲と、ある時期以降現在までに弾いた曲、今弾いてみると明らかに演奏に大きなへだたりがある。それが何故だかしばらく考えていたのですが、昔の自分を無意識の内に封印しているのかも?子供の頃は好き勝手に弾いていたのですが、それでも演奏に自分をストレートに、遠慮なく投影できていたような気がします。子供から大人になる過程で誰もが、演奏においても精神的な事においても変わると思うのです。それに加えて私の場合、音楽の道に進むにあたって、テクニックの上でも音楽の運びにおいても、本格的なレッスンを受けさせて頂くようになって大きく変わりました。悪い癖を直して頂いた事、演奏には楽譜に基づくきちんとした裏付けが必要だと教えて頂いた事、どれもその時期から教えて頂けて本当に感謝しています。ただ中学・高校時代を今思い起こせば、「心に感じた音楽を頭と体を通過して音にする」過程が変わった事に相当戸惑い、自分が全く出せなくなっていた時期がありました。という訳で、子供の頃のレパートリーを最近弾いてみて、忘れかけていた当時の自分がにょきっと演奏から顔を出した事にびっくり。あんな風に弾けたらきっと楽しいだろうなと、ひとごとのように思います・・・。

リサイタル当日のシューマンの幻想曲が、子供の頃の自分にいくらか近い演奏です。自分でもよく覚えていないのですが、聴いて下さった方々のご感想から、何となくそうだったのではないかと感じたのでした。

来年のプログラムは今月最初に決めました。子供の時の自分で弾ける曲がほんの少し混ざっています。でもまだ気が変わるかもしれないので、チラシ印刷の直前にお知らせします。

長くなったのでそろそろ今年の総括を。

いろいろな事があった1年でした。普通では起こり得ないような事も多く、不思議な力を感じます。日々の生活は相当いっぱいいっぱいでした。要領よくやっていかないと自分の時間がなくなるのに、自分でやる事を増やして締め上げてしまうのはなぜなのか?これも正に自分・・・。今は無理をしてもどうにかなりますが、身体を大切にしないといけないと、もう1人の自分が戒めています。でも今年は感性を育てるための時間も随分使いました。空っぽになってしまったら何も発信できなくなるという危機感が常にあったので、時間をつくるためにちょっとばかり無理もしましたが、これこそは今年の収穫になったと思っています。

何だかうまくまとめられないまま長くなってしまいましたが、今年もこのつたない文章にお付き合い下さり、本当にありがとうございました。年末年始は各地で大荒れのお天気になるようですが、風邪やインフルエンザにお気をつけて、良いお年をお迎え下さい。

・・・っと、年末最大の大仕事がまだ残っていた。あゎゎ・・・。




2010年12月29日(水)             「ひそかな企画・その2」

予告では3連チャン更新のはずでしたが、昨日半分まで書いてうたた寝して日付変更線を越えてしまったので、お待たせしてごめんなさい。いつもならここで書き直し。文章もナマモノなので、残った文章に書きたす気分にとてもなれないからなのですが、年の瀬の今、そんな時間もないので、昨日書いた文章から続けます。ところどころ日にちを表す言葉は書き替えますが、まるで「以下の文章を過去形に書き替えよ」問題の時制一致みたい。

電車での移動がとにかく長かった1日。車内は日だまりで暖か、惰眠をむさぼるには最適ですが、昨日は本当に間に合わなくて車内で楽譜を広げていました。しかし外は北風ぴぅぴぅ・・・あまりにも寒くてこの冬初めてストールを巻きました。いよいよ年の瀬です。

さて、予告通り一昨日の続きを。まだの方はまず、「その1」↓をご覧下さい。

9月に弾いたプログラムはモーツァルトの変奏曲、ラヴェルのマ・メール・ロワ、シャブリエのエスパーニャ。これに40分程度プラスするにあたって、モーツァルトは前半でラヴェルとシャブリエが後半。前後半それぞれに何を付け加えるか相当悩みました。この感じでは、前半は古典派の作品でまとめ、1つが変奏曲だからもう1つはソナタがバランス良さそう。とは言ってもモーツァルトでない方がよく、でもハイドンはソナタを書いていない、ベートーヴェンは可愛らしいソナタしかないので、古典派御三家以外の作曲家で探しました。フンメルは図書館に数曲楽譜があるのを偶然見つけたのですが、なかなか面白い曲揃い。というところで当初の予定通り、メインともなりそうなしっかりしたグランド・ソナタに決めましたが、楽譜を注文しようと思ったらなんと絶版。良い曲なのに・・・ピアノ曲はそう言う事がめったにないので驚きです。という訳で止む無く図書館コピーでいきます。

後半は更に迷いました。楽譜も2人で借りられる限度まで借り、見てみた曲は多数。パラパラ開いて見た目で判断(もちろん頭の中で鳴らしますが)。そこで厳選したものだけ初見で弾いてみましたが、それでもリサイタル1回分以上弾いているはずです。組み合わせからしたらフランスもの、あるいはスペインものという選択もありますが、国民楽派まで範囲を広げました。かなりたくさんの曲がリストアップされ、ぜひ弾いてみたい曲は幾つかありましたが、既に決まっているマ・メール・ロワとエスパーニャと組み合わせたら長くなりすぎ、止む無く今回は外れたものが殆どです。全プログラムの核になるようなものを探していたのですが難しく、結局グリーグに落ち着きました。後半は小品集が多いですが、よく見てみると5曲分全て、作曲家の出身国が違います。題して「お国めぐり」?

会場は三軒茶屋のサロン・テッセラ。学生さんにいらして頂けるように学校の近く、という条件で浮かんだのです。最近あちこちで名前が聞かれるようになりましたが、まだ伺った事がなかったので見学させて頂きました。わずか70席の親密な空間でありながら、天井に高さがあって気持ちよく響く、すてきなサロンです。

という訳でこれから少しずつ準備してゆきます。原田さんは演奏にも授業にも忙しく、また2人して試験の伴奏もいろいろお引き受けしているので、試験シーズンが終わってから一気に詰める事になるかと思います。2台ピアノはダイナミックで、弾く事そのものの面白さもストレートに感じられるのですが、連弾は室内楽的な要素が強く、きめ細やかに一緒に創り上げていく面白さがあります。今回連弾だけでプログラムを組みましたが、そこに魅力を感じていますし、それが奥深く難しいとも感じます。どうなる事やら・・・私たちも楽しみです。ぜひ聴きにいらして下さい。

そしてこれまた中途になっていた、リヒャルト・シュトラウスの室内楽の演奏後記を。

大好きなヴァイオリン・ソナタを演奏する機会に再度恵まれたのは嬉しい事でしたが、やはりリヒャルト作品は弾くのが難しいです。室内楽なのに異様にピアノ・パートの音が多いのも原因ですが、難しいと感じるのはなぜなのか、ずっと弾きながら考えていました。若かりし頃の作品は譜面のぱっと見が簡単そうでも、音の並べ方が無茶(!)なので指が足りないし、時間の扱いを考えないと、音が多いだけに流れが単調に聴こえがちです。私の中でリヒャルトと言えばオーケストラ曲よりも歌曲なのですが、あのゆるやかに、しかし自在に動ける音楽にするにはどうしたらいいか、昔も今もよく考えていました。

昔から「リヒャルトのヴァイオリン・ソナタは大変だ」といろいろな方から聞いていて、いつ来るかいつ来るかと戦々恐々としていました。その言葉だけが独り歩きしていて、実は曲自体そこまでよく知らず、当然楽譜を開いた事もなかった頃の話です。そしてついにその機会が訪れたのですが、大変さをはるかに通り越して、曲の美しさや雄大さに虜になってしまいました。一緒にこの曲に取り組んでくれた人とは意気投合して、あぁでもなくこうでもなく、と室内楽としてかなり深く追求したのを覚えています。テクニック的にも難しいし、音色や表現の引き出しが今までになくたくさん必要なのもわかっていたし、こんな素敵な曲を演奏できるなら納得できるまでつきつめたいと思ったのもあるし、合わせには随分時間をかけました。楽譜には1つ1つの音のイメージ、合わせるタイミング、間合いの工夫、各モチーフの入り、ペダリングなど、当時の書き込みが事細かに残っています。音楽で試し、話し合い、一緒に決め、そして本番でその時だけの会話が出来るようにする、そんな二重奏の原点がここにあり、また音や休符、間合いにこだわって表現出来るようになったのはこの曲がきっかけだったと、懐かしく思い出しました。

今当たり前に出来るようになっている事も、今までの人生の中のどこかで必死になって掴もうとしていた時があります。その時の事は結構忘れてしまっているのですが、何にしてもそういう地点は通過しなくてはならないし、そこで苦労するのも当たり前の事。一生かかっても決して成し遂げる事のできない奥深い世界にいるのだから、簡単にできるはずもないし、簡単に出来てしまったら面白くない。この前、ピアノを弾き始めて何年経ったのかふと考えて、あまりの時間の速さに愕然としました・・・。

その時に一緒に弾いてくれた人は今外国に居るのですが、いつかまた一緒にこの曲を、と当時話したような記憶があります。随分時も経ったので、今再度弾いてみたらまた全然違う世界が開けそうですが、今度一緒に出来るのは一体いつの事か。

今日でやっと仕事納め。最後はレッスンでした。室内楽に限らずソロであっても、時間の扱い、音楽の流れについてよく考えますし、またそれをレッスンでどう伝えればわかってもらえるかも試行錯誤の連続です。今日もいろいろな事を話しました。例えば、休符をどんな風に聴き手に感じさせるか、それにも何通りもなくてはならない、という事。音が鳴らない瞬間にも音楽が全く同じように流れていなければならないか、世界が全て止まったような瞬間を作りださなければいけないか、その休符をきっかけに流れが変わらなければならないか、まぁいろいろあります。音符1つでもまた然り。

必死で書いていたら久しぶりに長くなりました。今年あと1回分話題を残しておかないと。

学校が休みになって少し気持ちのゆとりが出来ました。この冬全く夜空を見上げていなかった事にも気付きました。寒さは厳しくなったけれど、冬空の星の輝きも増したようです・・・。



2010年12月27日(月)             「ひそかな企画・その1」

やっと学校のお仕事も終わり。気付けば正門前の竹やぶの足元にも、日本水仙がちらほらと咲きだしています。授業は先週終わったのですが、週末は冬期講習会でレッスンしておりました。

いろいろ終わってみて初めて、いかに疲れていたかを自覚するようになっています。身体の疲れも気力でカバーできるようになってしまっているのが、いい事なのか悪い事なのか・・・。夜と言えば、次の日までにやるべき事に追われてゆったり眠れる事はまずないのですが、今日は久しぶりに何もない日。昨日は帰宅して即刻眠り、途中少し起きてお風呂に入った以外、昼まで全く目覚めずにこんこんと眠りました。しかし見た夢はなんとレッスンの事ばかり。いつも聴いている学生さんだけではなく、講習会で会ったばかりの学生さんまで、あんな事を今度やろうとか今度話そうとか、そんな内容ばかりで我ながら苦笑。自分の事は全く出てこないのに。

それでも毎日いろいろな事があったのですが、「あれをひとりごとで書こう」とセンサーが働かないほど余裕がなく、全くもって自分らしくなく・・・という訳で今に至ります。毎月お馴染みの駆け込み3連ちゃん更新なるか?

さて、前回ちょこっと書いたひそかな企画ですが、公表する準備もやっと整いました。9月に大阪デビューした連弾(2010年9月15日「連弾デビュー」、9月20日「夏の収穫」を見て下さい)ですが、来年3月に東京でもお披露目(?)決定。こちらは自主企画なのでいろいろ自分たちで動かなくてはならなかったのですが、とりあえず年内すべりこみでチラシが間に合いました。詳しくはコンサート情報のページをご覧下さい。

相棒の原田さんは、今も高校の同じ授業で大変お世話になっている「チーフ」です。という訳で高校生はもちろん私たちの事を知っていますし、大学でもいろいろな授業を通して二人とも知っている学生さんはそれなりに多いのです。ただ、どういう訳か全く正反対のタイプとみられるようで、一緒に歩いていると学生さんには笑われる事がよくあり・・・一緒にいるところを初めて見たというだけ笑われるのはいったい何故だか。そんなに意外なのか、それとも他に理由があるのか・・・?

ま、確かにみかけは正反対かもしれないですが、音楽はもちろんその他の事でも考えている事はかなり似ています。そんな二人が連弾している事自体相当意外だったのか、大阪から戻ってきて、高校生や大学生から「東京ではやらないんですか?」と声をかけられました。当初は全くその気がなかったのですが、そんな事を言って頂ける内が華かもしれずと思って慌てて企画した訳です。

とはいうものの、曲決めがまた難しかった〜。大阪用に作った30分プログラムを生かしつつ、そこに更に40分程度追加し、1つの流れのあるプログラムにするという制約がありました。ピアノ・デュオでも連弾に絞り、候補となりそうな曲を図書館で借り、レッスンが終わって夜遅くまで片っ端から初見大会。所要時間も同時に知りたかったので、初見でも本来のテンポで。いちいち予見をする事もなく、いきあたりばったり(まるでウチのクラスの授業)。お互い初見の授業を持っている者同士、初見はお茶の子さいさい・・・かどうか?作曲者さんは許して下さるでしょうか。スリル満点でした。

この続きはまた明日に。なんてったって3連ちゃん更新だから話題をとっておかないと・・・。



2010年12月15日(水)             「睡魔」

いつしか師走・・・入ったら早い早い。決して更新をサボっているつもりではなく、毎日いっぱいいっぱいで過ごしています。

先週は学校の室内楽試験週間で毎日何らかの試験があり、追い込みレッスンをし、試験を聴いていました。正に自分が室内楽を弾いたばかりだったので、まるでデジャブのようによみがえる感覚があり、そんな訳で頭の中でくるくる想いがめぐりました。そして、私自身締め切りに追われて書かせて頂いた文章があります。今週末は院生の論文提出締め切りで、原稿が夜な夜な送られてきます。楽譜を開いて自分だったら何て書くかな?なんて思いながら目を通しています。他には、目の前に入試が迫った受験生、そろそろ秒読み状態に入ります。ピアノの学生さんは年明け後の実技試験に向けてそろそろ詰めに入り、いつものごとく試験前の試演会の手筈も整えました。そして学生さんから試験の伴奏を頼まれた曲は、どういう訳か今回新しいものばかり。確か昨年は殆ど全てがレパートリーに入っているものだっただけに、既に何曲も来ているこれら近現代曲の楽譜にクラクラ目眩がしそう。もちろん譜読みはこれから。そして新たに企画している事があり、この数日間はその打ち合わせに追われていました。

以上、最近の近況でした。こんな感じなのにどういう訳か吸い込まれるような睡魔に襲われる日が多く・・・いつものようにショートスリーパー(短時間睡眠!)で頑張れれば何とか片付きそうなのに、そのせいでどんどん雪だるま式にやる事が溜まっていきます。まるでそろそろ冬眠に入ろうとするクマさんみたいですが、ちょっと違うのは場所。穴倉ではなく、お風呂で温まっているといつしか気持ちよく夢の世界へ。上がって時計を見ると、こんなに時間経っているはずじゃ・・・と浦島花子さんになった気分です。

ところで先日の話。伊賀さん青木くんの東京公演もお陰様で無事終了致しました。温かな拍手を下さった皆様、どうもありがとうございました。きちんとまとめて書きたいのですが、現在既にまともに寝る時間がない時刻なので、やはり次回に。思いつきメモはどこかに残しておかなきゃ(・・・と言いつつ忘れそう、書けなかったらごめんなさい)。

いつも音楽が聴こえ、また耳の中で鳴り、頭の中にめぐる事を一生懸命文章に置き換えてしゃべり、書く、という毎日です。レッスンをしていて何かイマジネーションがたりない気がして、学生さんにはいろいろ尋ねるのですが、言葉に置き換えるのに慣れていないか、あるいは途中であきらめてしまうか、とにかく想っている事を言葉で表すのが苦手な人が多い昨今です。もちろん言葉にする前に相手に音で伝えられたら問題はないけれど、でもまずは言葉ありき。文化の根本(と言うと大げさ?)はやはり言葉だから。学生さんに尋ねるだけでは一方的だからと、自分でも想っている事を話すのですが、そんな訳で口重人間がレッスンでは常にしゃべり続けていて、我に返ると自分が自分でないみたいで違和感を覚えます。でも、かく言う私も昔は全然しゃべれていなかったっけ・・・。

今したい事って何だろう?と考えたら、寝たいのももちろんだけど、最近小説を全然読んでいないかも。無性に活字が恋しくなりました。

さ、後もうひと頑張り・・・。


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