ひとりごと(2009年6月分)

2009年6月29日(月)           「譲れないもの」

続けての更新です。今週はほぼ毎日学校に居るので書く暇なさそうで。

価値観や考え方が変わった話を昨日書きましたが、それでも変わらないものははっきりしています。「言い訳をしない」、「曲がった事は嫌い」、「筋は通す」、「嘘はつかない」。典型江戸っ子かもしれません。「人の気持ちを考える」、「自分の意見を言える」。これも譲れないところ。そして当たり前のことながら「周りに対する感謝の気持ちを忘れない」でしょうか。

見習わせて頂きたい方が身近に居ます。ほれぼれするほど格好いい生き方だなぁ、と。

言い訳の話。言い訳をするのは傍から見て格好悪い、恥ずかしいと思うのです。遠い昔、言い訳し続ける人生なんて、と自分自身思った事もあり・・・言い訳する位だったら、せめて言い訳をしないで済むように努力するとか、最初から無理な事を言わないとか。そうやって砦を作っておかないと、いろいろな事がなし崩しになりそうで怖いのです。

・・・なんて格好のいい事ばかり並べましたが、そこまで言えるのは自分がどれくらい弱いかを知っているからこそ。毎日が自分との葛藤ばかりです。特に最近は。

昨日楽譜が届きました。何だっけ?と思ったら、10月のオール・ショスタコーヴィチの室内楽のものでした。9月のリサイタルの後、すぐこの準備が始まるんだ・・・と、一気に現実に帰りました。8月、夏休みに入ったら本気でねじ巻かないと。その前に来年の自主リサイタルって何弾くの?(決めてない・・・)

リサイタルについて今日こそ書きたいと思っていましたが、肝心要のすべき事をすっかり忘れていた事に気付き、これから朝までに間に合わせます。という訳でまたもやごめんなさい。

あっという間に2009年も後半に突入です。相変わらず余裕のない日々を送っています。でも後悔しない人生を送っている実感はあるし、やりたい事に携われていて、そして大事な人たちに恵まれていて、本当に日々感謝して生きています。と伝えたい人がいます。なんてわざわざここに書かなくてもわかってくれているだろうな・・・。




2009年6月28日(日)           「天気屋」

昨日は、1年ぶりに感じる真夏の暑さでした・・・。

1年の前半が過ぎてゆくのはとても早い。多分学校があわただしいせいでしょう。前期は4〜7月、全く休みなく一気に。後期は瞬き一つの冬休みを挟んでの9〜1月なので、気持ちだけゆとりがあるのです。ついに通勤定期を買いました。1月は例年そうしていましたが、この7月も数えてみたらそれ位学校へ行く事になっていました。新型インフルエンザ休講の補講、実技試験の審査などなど。

最近、ゆっくり考える時間を必要とするようになりました。するべき事が多い時、以前は行動第一だったのに、今はそれでは息切れしてしまう。「変わろうと思えば人は変われる」、そう昔から信じていましたが、さすがにこの年令になってもこんなに変われるとは思わなかった〜。という位、価値観や考え方が変わりました。傍目からはいつもと同じに見えるかもしれないけど、結果的にほんの少しだけ心の垣根が低くなりました。ピアノを弾く事では自分をオープンにできても、普段の生活ではなかなか難しくて・・・でも本音で動け、話せる確率がちょっぴり上がったと思うのです。

それにしても雨ほど決断力を鈍らせるものもないっ。日々の予定をお天気で決められたらいいのに・・・と思うほど、実は雨(の日の外出)が嫌いです。

先週お手伝いしたジョイント・コンサート、お昼前のゲネプロに向かう時はバケツをひっくり返したような大雨。当日は黒のパンツスーツで出かけて、そのまま弾く予定でした。でも雨でドロドロになりそうで、かなり悩んだ挙句出がけ10分前、ワンピースを持参して着替える事に変更。案の定ぐしょぐしょになって到着、この決断は間違っていなかったと思えたのも束の間、ゲネプロ終えて外に出たら雨は小振りに。本番までの時間を過ごす場所もないし、重い荷物を持って歩きまわるのも嫌で、急遽一旦帰宅する事にしました。家に居たのは1時間、でもその間に雨は完全に止んだので結局荷物をごっそり入れ替え、当初の予定通りのパンツスーツで再度出かけました。何をいちいち迷っているんだろう?と気持ちは疲れてしまいましたが、その甲斐あってか(?)演奏の方は舞台に出た途端すぐ集中できました。一番嬉しかったのは一緒に演奏していたソロの方が、今まで一度も聴いた事のない新たな一面を本番で覗かせてくれた事。何にも惑わされない自分の世界が築けていて、音楽に感情が宿っていて、そこに便乗させてもらえたひとときをとても心地よく過ごせました。

家に居られる日、1週間以上読めなかった新聞をまとめ読みし、やっと世間についていけるようになった気がします。睡眠もまとめて、紅茶やコーヒーを淹れてゆっくり飲めるのも今の内。1年ぶりの夏の味、トマトの冷製パスタも作りました。それにしてもいろいろする事がたまっていて・・・それを「晴れていたらできる事」、「雨になったらする事」、「お天気がどうであれすべき事」の3つに分類。「晴れていたらできる事」は大分はかどりましたが、実は自分の中の「天気屋気分」の方が問題なのかもしれません・・・。




2009年6月19日(金)           「梅雨」

いつしか梅雨に入り・・・私の最も苦手とする、湿気の多い季節(暑さそのものは大好き)がやってきました。

先日車窓から見た、一面に広がる美しい水田。空はどんよりだけど、この季節にしか見られないこの風景こそ日本の原風景だなぁと改めて思えました。他には、紫陽花の淡い青と紫も。そう考えれば梅雨も悪くはないかも。

またお待たせしてしまいました。学校の仕事そのものも半端でないのに、それにプラスして毎日毎日いろいろな事が起きています。バッハに浸かれていた時が一瞬あった事でさえ、幻のようです。自分のためにピアノを弾きたいという思う事、9月に全く別のプログラムでリサイタルがある事さえ、気をつけていないと忘れそうで怖い。8月に夏休みに入るまで、多分自分の練習はお預けでしょう・・・。

家に居る事があまりなく、殆ど寝られないような日が続いています。そして「寝るのがもったいないと思ってしまう病」かもしれず。やりたい事、やらなければならない事、あまりにも多すぎて24時間では足りない。昔はそれでも眠気に負ける事の方が多かったのですが、今はなぜか(年齢のせいか)眠くならなくなり、昼間もとりあえず大丈夫。それで明るくなるまで起きている事が多いのですが、「今朝も学校だから絶対に起きる!」という強い意志に裏打ちされていて、なぜかしゃきっと学校へ行ける。その反面、学校のない日、今日こそはと思いつつ、全てがぱったりと止まってしまう事も最近は時々あり・・・。

今は自分のレパートリーにないものをあえて学生さんに出したのが裏目に出て、ひぃひぃ言っている状態。当然、そうすれば自分も勉強できると思っての事ですが、レッスンだけではなく室内楽や伴奏でも幾つかあり、練習だけではなく音源聴いたりいろいろ考えたり、コンチェルトの伴奏はスコアを見てアレンジし直したり、ある程度手の内に入れるまでの仕込みはやはり大変なのです。

いつも同じような事しか書けずごめんなさい。前回が中途半端に終わったので、今日はリサイタルの回想をちゃんと書きたかったのですが〜時間ある時にちょっとだけ書きかけたものを、以下に残しておきます。今回のリサイタル、なんだかあの時感じた事や考えた事を忘れてしまうのがもったいなくて、ちょこちょこメモっておきました。それを頼りに、遅くとも夏休み頃までに書けたらいいんだけど。すみませんが、それまでお待ち下さい。

バッハをどういう解釈で弾くか。そしてそれがどう受け止められるのか。結構考えたのはそこでした。学生時代の弾き方をいっぺんニュートラルに戻して、もう1回自分の今の演奏として考え直す。これもしてみましたが、結局は落ち着くべき所に落ち着いた気がします。頭の中に鳴る音楽そのものが、いろいろな体験を経て今の年齢のバッハに自然に置き換わっている。無理して変えようとしなくても、思うように演奏する事自体がもう今の自分の音楽になっていると実感しました。

そう、「チェンバロで」室内楽をとっていた事が、かなり大きい意味を持っている事にも気付かされました。ピアノのソロならすたすたとイン・テンポで(きちっとしたテンポ通りで)弾けてしまう。だけど人と一緒に演奏する時には、ナチュラルな息遣いとその楽器の特性に合わせた時間の伸び縮みが必要です。そしてバロック時代のスタイルのアゴーギク(テンポに関するあれこれ、伸び縮みも含みます)、テンポのとり方、これらを一緒に演奏してくれたバロック音楽に精通している友人からもいろいろ教えてもらえました。仮にピアノ・ソロであっても、音楽の流れの基本は自然な息遣いを持つアンサンブルだと思っています。

前々回の「源泉はチェンバロ」でも書きましたが、イメージの元はやはりチェンバロです。でもとてもピアノ的に処理しているところがあると、気付かされてもいます。改めて思うのはバッハのフレーズの長さ。たとえ休符がちょこちょこ入ったり、音を敢えて切って弾いたりしても、フレーズとしてはとても長く、どんなところでも必ず歌になっています。そのラインを歌い切るためにピアノでなければ使えない手法、すなわち微妙なさじ加減の音量と音色の変化、これによってレガートを効かせてみたつもり。

「奥が深く、そして美しい」というのが私のバッハ像です。フーガのテーマを弾いていていつも思うのですが、どのフーガに於いてもテーマが見事にバランスを保っていて、それだけできれいに完結しています。音の長さ、強弱、リズム、考え抜かれた音の配置、一つ何かを欠いてもバランスが崩れてしまうのに、逆に例えばテンポを変えてみたり、アーティキュレーションを変えてみたりしても、それはそれで別のバランスのラインが描ける。すごい事です。「美しい」というのは表面的な意味ではなく、誰にとっても普遍的な美しさと言うか、絶対的な美しさと言うべきか、きっとそれは納得してもらえると思いたいのですが・・・。

・・・というところで時間がなくなり、中途になったままでした。今読み返しても、1週間だか10日前、こんな風に考えていた事さえ忘れている。我ながら見事な切り替えぶりです。

久しぶりに薄日が差しました。風がそよぎ、もう初夏。いつしか日も長くなり、ふと気付けばもうすぐ夏至・・・。



2009年6月7日(日)            「表裏一体」

梅雨のようなお天気・・・いつになったらスカッと晴れるのか、待ち遠しいです。

お陰様で何とか無事にリサイタルも終わりました。温かく見守り、聴いて下さった皆様、本当にありがとうございました。

もう1週間も経つのですね。終わった途端に世界が変わった気がします。あれだけピアノに没頭できた時間は貴重でした。つまりは直前1週間、ピアノに集中するために目をつぶって放っておいたもの、犠牲にしたものがいろいろあった訳で、それらのツケが一挙に押し寄せてきたのが直後のこの1週間、という訳です。

当日帰宅してから、そしてその翌日というのは本当にたくさんする事があるもので、「何日も何週間もかけて準備してきた事を1日で何とかするんだから大変で当然か・・・」とひとりごちながら、外が明るくなるまでせっせと作業をしていたりします。そして学校での仕事・・・いつもは学校のない日でも頭のどこかで常に考えているのですが、それを一切振り切っていたので、学校でのテンションまで上げるのに苦労しました。リサイタル終わるまで待っていてもらった合わせも入り、学校には連日12時間いたりしたもので、家に帰っても寝る時間がない。よくまぁこの睡眠時間で持つものだと我ながら驚いていたのですが、気が張っていただけだったらしく、学校に行く日々が過ぎたら突然「やる気がおきない症候群」が襲ってきました・・・。

今回のリサイタルに際しては、準備期間の事、当日の事、終わってから考えた事、あまりにもたくさんありすぎてどこから書けばよいかわかりません。が、そんな事も言っていられないので、とにかく思いつく順に書いていく事にします。

今回「平均律」を弾く事にして、16回分の自主企画の中でも特別な意味を持つものになるのは何となく予測できました。学生時代の大きな試験も含め、意味ある大きな通過点はどれもバッハの曲でした。大した事ではないのですが、「自分の心の中で何かが変わったとはっきり自覚できるような出来事」となったとでも言えばいいでしょうか。

いつも思う事。「演奏は心を映し出す鏡」。ピアノを弾くのは決して特別な事ではなく、日々の生活と表裏一体。毎年この時期にリサイタルをしているけれど、その年その年によっていろいろな出来事があり、心持ちもその都度違います。その与えられた状況の中でベストを尽くすのは当たり前の事ではあるけれど、逆にその時でしかできない演奏をするのも意味があると思うのです。

「平均律」を弾こうと最終的に自分の中でゴーサインを出したのは今年に入ってからでしょうか。それでも本当にさらう時間がとれなくて、本格的にさらい始めたのは春休みに入ってから。既に「平均律」と決めた後の事ですが、今年に入って本当にいろいろな事が起きました。今だから言えますが、バッハでなければ弾けなかった気がします・・・。

音楽に助けられているという実感がありました。リサイタルの為に練習するのが第一ではなく、自分の心に向き合い、元の状態に戻してゆくために。その過程そのものが今回の演奏の核になりました。バッハにはどんな解釈をも受け入れてくれる懐の深さがあるのですが、それ以前にどんな心の状態の演奏者も受け入れてくれる気がします。まだ録音を聴いていないので、本当のところはどうだったのか何とも言えませんが〜。

ここら辺の事をきちんとわかりやすくお伝えするには全然言葉が尽くせていないと思うのですが・・・そして、今回思った事考えた事の1パーセントも書けていないのですが、多分それはどんなに時間を書けても書ききれないような、それ位濃い経験になりました。今日も朝早いので、中途半端ですが続きは次回に。

真っ青な吸い込まれるような空を見たい、そしてその下でぼぉっとしたい、というのはかなわぬ望みでしょうか。花粉症も強い日射しも、敵が多すぎる・・・。


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