ひとりごと(2008年7月分)

2008年7月31日(木)          「気配りとこだわり」

気がつけば7月ももう終わる・・・夏期講習もやっと終わり、学校へ次に行くのは8月最終週の新学期。たった4ヶ月のはずなのに、ぎゅーっと凝縮された時間でした。

普段は家に居られる日があまりなく、あってもレッスンをしている事が多いので、しばし家でしかできない事をしたい。まずはリサイタルの事を振り返ってお礼状書き(本当に遅くなって恐縮・・・)と諸々の事務仕事、そして未だ思案中の原稿書き、それが無事に終わったら資料の整理、パソコンのメンテナンス(?)などなど・・・でも本当に今一番したいのは練習です。自分で弾きたいものはもちろんの事、レッスンするに当たって必要なものも。

気が張り詰めていたせいか、いきなりどぉんと疲れが出ました。気持ちと体が別々の反応をする事が多々あって、大抵体の方が正直。こんな症状が出るのはなぜ?と思う時は、よくよく考えると非常に気重な何かが控えていたりするもので、それはよほど切羽詰っている時。それほどでもなければ、この頃は気持ちの方が断然強いのか何も考えず気力で乗り切れてしまう。それでも動いてくれる体には「ありがとう」です。

このところ、またいろいろな事を考えたり思い出したりしています。クラスの学生さんと話す機会があったり、夏期講習でもいろいろな学生さんに出会ったりしたせいでしょうか。

「気配りとこだわり」。気配りが出来る人、こだわりの持てる人になりたいと昔から思っていたっけ・・・中学生の頃でした。そしてふと思ったのは、プロのお仕事もこの2つの上に成り立っているという事。身近なところでは、演奏会はお客様あってこそ成り立っているのですが、その演奏会を支えて下さるのは裏で動いて下さるスタッフの方々のお力あっての事。私たちに気を遣わせないよう細かに気を配って下さり、また(私には分かりませんが)こだわりを持ってお仕事をされているのが分かり、さすがプロのお仕事!と感嘆し、ありがたく思うのです。

あ、あと一つ、プロのお仕事にはきっと「センス」も必要なのではないかと・・・(「こだわり」に近い気もしますが)。

何十年もの修行を積まなければ一人前になれない職人さんのお仕事にも憧れます。そういう方々の作品を拝見するのも、そういう方々のお話を伺うのも(もちろんその殆どはインタビューの番組や記事だったりしますが)好きです。長い時間かけなければ築き上げられないものの尊さ、とでもいうのでしょうか。その方自身の生き方そのものが、作品やお仕事ぶりに映し出されているような気がします。

職人さんのように音を創り、音楽を奏でられるようになりたいと切に思うものの、それは一体いつの事になるか・・・一生かかってもかなわぬ遠い目標です。知らない事もできない事もあまりにも多過ぎ。そして、最近は追われていて素晴らしい「作品」に触れる機会がなさ過ぎるという事にも今、気づきました・・・。



2008年7月29日(火)          「稀有」

いつしか真っ赤なハイビスカスが咲き始め、夏気分も盛り上がっています。しかし少しずつ少〜しずつ夏の疲れが蓄積している模様。紫外線のきつさったら、日焼け止めをばっちり塗って日傘を必ず差すようにしていても、どうやら防ぎきれないようです・・・。

なかなか更新できませんでしたが、荻野さんのリサイタル、東京公演もお陰様で無事終了しました。この日もほぼ満席に近いたくさんのお客様がお暑い中いらして下さいまして、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

同じプログラムで2公演、私自身は未だかつて経験した事がないのですが、お頼まれしたリサイタルでは度々経験します。1回(分のプログラム)で2度美味しいといつも思うのですが、必ずしも1回目より2回目がよくなるとは限らない。だからと言って2回目の方が悪くなるとも言いませんが(それでは困る〜)、全く違った演奏になる事が多々あります。

今回の東京公演はいろいろな意味で、先日の大倉山水曜コンサートとは違いました。この前は楽屋が大変賑やかで始終笑い声が絶えなかったのですが、今回は全く逆でしぃんとしていました。自分自身他人事のように、「楽屋が静か、今日は何か違う・・・」と思っていたのですが、今思えばそれはいろいろな事が作用していたのかも。1回目は合わせ始めて1週間、何も考えずにただひたすら「何とかしなきゃ」という必死の思いで当日を迎えました。その勢いが演奏にも出ていた気がします。2回目は、その1回目を踏まえてどうするか考えて少し慎重になったかもしれず、また「1回目より2回目を更に・・・」みたいな思いが頭をもたげてきていた気がします。別の言い方をすれば、1回目はたった1回の偶然に全てを賭け、2回目はたくさんある可能性から最良の演奏をしたいと思い・・・というところでしょうか。あくまでも私の個人的な感想ですが。

しかしよく考えられた面白いプログラムだと、改めて感じました。ソロあり、デュオあり、トリオあり、時代もバロック、ロマン派、近代とそれぞれ、国はドイツ・オーストリアでまとめてありますが、まさにヴィオラのいろいろな可能性を引き出せる選曲。いろいろな演奏会を聴きに行っても、考え抜かれたプログラムに唸ってしまう事はよくありますが、今回のプログラムもそうでした。演奏してみてこそよく分かったというところ・・・。

幾人かのご感想をお伺いしたら、ヒンデミットのトリオがなかなか好評でした。「どうなっているんだろう?と思いつつ聴いていたらあっという間に終わってしまった」とか、聴いていて意表をつかれたとの事。私自身演奏しながら、「こんな貴重な体験ができてよかった、でも今度演奏できるのはいつだろう?」とぼんやり考えていました。実際ぼんやりしていたらたちどころに落ちてしまうような、合わせ的にも大変な曲なのですが、脳味噌の中では全く異なる事を考える余地はあるようです。それはともかくと、稀有な編成であるがゆえ演奏の機会は少ないけれど、もっともっと演奏されるべき名作だと思います。今となっては譜読みの大変さはもう忘れ・・・。

合わせ始めてから半月で2回の公演、最初の1週間の合わせの頻度は半端ではありませんでした。だから終わり方が非常にあっけなく、ちょっと寂しい気もします。ま、そう思える経験ができたからよかったという事でしょう、きっと。

というところでホッとできるかと思いきや、すぐに週末、歌の伴奏30曲と自分のソロを少しという本番があって、今週前半は大学と高校の夏期講習。そしてベートーヴェンについてのある原稿を仕上げなければならず、この1週間は常に頭の中にベートーヴェンのソナタが渦巻いています。夏期講習でも何という偶然か5人全員がベートーヴェンの別々のソナタを持ってきていて、ちょうどいい具合にレッスンしながら何かヒントはないかと探しています。やはりベートーヴェンは今も変わらず、私にとっては恐れ多い作曲家です・・・。



2008年7月22日(火)          「メドレー」

梅雨が明け、待ちに待った夏がやってきました。どういう訳か家の中にコガネムシが入り込んでくるもので(避暑のつもりらしい)、既に数匹つかまえて外に出しました。バジリコと青紫蘇がぐんぐん育っています。朝早く起きて、咲いた朝顔を数えるのが日課となりました。

先週、荻野さんの大倉山水曜コンサートも何とか無事に終わりました。あの日もすさまじい暑さでしたが、あのきつい坂を上ってたくさんのお客様がいらして下さり、ホールは満席となりました。お暑い中いらして下さった皆様、本当にありがとうございました。

その日、夕方にリハーサルを終えてから外に出ました。大倉山記念館の周りには緑がいっぱいに溢れていて、散歩すると気持ちがよいのです。昼間の熱気を少しだけはらんだ生ぬるい風が吹き、えもいわれぬ静けさがひたひたと迫ってきて、夜が近づきつつあるこのひとときをぼーっとしながら過ごしました。

この日の事も思い起こせば夢だったのか現実だったのか・・・位、不思議な感覚の中で弾いていました。何かの力によって弾かせて頂いているような感覚はこの前の6月のリサイタルに似ていますが、そこに到るまでの状況は全く異なります。ここまでの半月は今までに無く、いっぱいいいっぱい。それ位の状況になると逆に肝が据わるもので、怖いなんて考える暇があるならさらえという感じで・・・ま、本番に間に合わない事を考えたら怖いと思うが故にさらうのでしょうが、本気で切羽詰まってピアノに向かっていました。学校に行き、合わせもし、その日の合わせの録音を聴いたり翌日の準備をしたり、いろいろ気になる事を片付けると練習は最後になり、眠い目をこすりこすり「今日の合わせを無駄にしないために弾かなくては」。その根性が実ってかどうにか間に合いましたが、きっと全てが終わってからその無謀さに気付いて怖くなるのでしょうか・・・。

という日々の心配とは裏腹に、本番では1曲目のバッハからすーっと曲に入れました。シューベルトはうまく説明できませんが、いろいろな事を考え、そして感じながら弾く事ができました。もう何回何十回と弾いている曲なのに、こんな風に弾いてみようというアイデアが次々浮かんできたのは曲が素晴らしいからなのですが。一番怖いヒンデミットは、全身の毛穴からアンテナを立てているかの如く神経を遣いましたが、合わせの醍醐味を感じながら演奏できた気がします。

ヒンデミットのトリオが終わった瞬間、客席からなんとも形容し難い声・・・演奏直後の事なのでもしかしたら実際は違ったかもしれませんが、おかしな事に遭遇してぷっと吹き出したような、そんな声が聞こえたようでした。だとしたらそれ位この曲は意表をついたのでしょうか。必死でさらっていたのでそんな事を考えもしませんでしたが、そう思われる方がいらしてもおかしくないのかも。

言われてみたら確かに不思議な曲です。少し前にも書きましたが、1楽章はまずピアノ・ソロ、そしてテナー・サックスとピアノのデュオ、次いでやっとヴィオラが入ってトリオになったと思ったらすぐ終わってしまいます。続く2楽章はメドレーと題され、4つの全く違うキャラクターをもつ部分から成っています。その形式自体が既に予想外なのですが、その「予想外」はまだまだあるかもしれません・・・。

楽屋では始終笑い声が絶えず、このような心持ちで演奏できたのは共演者に恵まれたお陰だとつくづく思いました。学生時代からの長いつきあいとなる荻野さんのスケールの大きい豊かな音楽はもちろんの事、涼しげな表情で細やかな気配りをして下さる山口さんの奏でる豪快且つ繊細な音色にも助けられ、この組み合わせは絶妙だなぁと我ながら思うのです。

という訳で明後日には東京公演がありますが、当日券も出ますのでぜひぜひいらして下さい。よろしくお願い致します。

大学はまだ今週もありますが、ふと気がつけば高校の方はもう夏休みに入っています。昔は夏休みというと、目の前に長〜い時間が横たわっているような錯覚に襲われたものでした。何をして過ごそうかと考える時が一番楽しみでしたが、あの感覚はいずこへ・・・?



2008年7月8日(火)           「深夜」

昨夜は七夕。最近、街中で笹を持ち帰る人を見かけました。子供の時はそうやって飾ったっけ、と思い出します。でも星いっぱいの夜空は今年も望めなくて・・・残念。

なかなか夏が来ない〜と思っていましたが、ある日突然夏は到来するものなのですね。真夏日初日は体がついてゆかずにばてましたが、2日目からは大分楽になりました。暑くてもやはり「夏」気分は嬉しい。

なんてのんきな事も言っていられず、あと1週間でまた本番。自分のリサイタルの1週間前を思い起こせば、この時期どれ位切羽詰っていたか・・・今回はこの1週間でゼロから合わせ、本番まで持って行きます。我に返って考えてみれば、とても大変な事。講習会等で初めての人といきなり本番とか、初めての曲をその場で楽譜を受け取って初見で弾くとか、そういう事には慣れているとはいえ、最初からセッティングされているリサイタルだからそれらとも気持ちの置き所は違うのです。それが前回に書いた、「本番で自分がどうありたいかをイメージして表現する、そのために本番までの日々をシュミレーションするのも大事」という事・・・。

ソロの曲を自分のペースで仕上げていくのと、練習の手順は全く別もの。相手があって一緒に音楽を創っていくので、1人での練習は決して100パーセント作りこまずにほどほどにしておく。それは楽なように聞こえるけど実際は逆なのです。自分の予想外の展開になっても対応できるように、さまざまな可能性を考えてさらっておくという事だから。例えばそれぞれの曲のテンポはもちろんのこと、バッハのアーティキュレーションなども合わせてみなければどう変わるか分からない。もしかしたら舞台の上でいきなり「化学反応」が起こる可能性も否定できず・・・?

バッハのガンバ・ソナタBWV1027、元になったトリオ・ソナタBWV1039と楽譜を見比べてみました。トリオ・ソナタの2本のフルート・パートと通奏低音が、ガンバ・ソナタのガンバ・パートとチェンバロ両手の3パートに移されているだけのようで、よく見るとちょこちょこ進化しています。もっとびっくりしたのは、各楽章のテンポ表示が全く違う事。バッハはあまりテンポの設定を書かなかったのですが、この2曲はどちらにも指示されています。それはつまり、テンポ設定のない他の曲でもいろいろテンポの可能性は残されているのと全く同じで、さすがバッハは懐が深い!と思うのです。

オリジナルのヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロでのCDを聴いていました。あのえもいわれぬ感じをピアノで出すにはどうしたらいいか、ピアノであのがっちりテンポで弾いたらどうなってしまうんだろう?とか、考える事は山ほどあるのですが、美しい構築美を感じさせる4楽章のフーガ(風?)をデュオで演奏できるって思うと嬉しくなってしまうのです。やはりどうしてもフーガは1人で演奏するものと先入観に刷り込まれているような気がして・・・(1人で弾くフーガも正に「演奏の喜び」ですが・・・ピアノでよかった)。

7月いっぱいこれから無理をする予定なので、先週は体に優しい生活をしました。きちんと料理し、疲れたら休む、練習も焦らずにじっくり、楽譜を眺めて分析し、納得いくまで考え、丁寧に音にします。貴重な合わせの時間を無駄にしないように、下準備はきちんとしなくては。学校の事も忘れているはずはなく、その他溜め込んだいろいろな事もやり始めたら止まらず、空が明るくなるまで結構起きていたりして。

昔から夜通しというのは慣れっこでした。ピアノを主にしながらも、いろいろな事をやりたくて手を出してしまう性格で・・・中学校の時は宿題の量が半端でなくて、本当に毎晩毎晩「なかなか終わらな〜い」って思いつつ頑張っていた事を思い出します。要領が悪いのはその昔から未だ変わらず。

起きていられさえすれば、やはり深夜が一番事がはかどります。当然飲まず食わず、何にも中断される事なく集中を持続していて、ハタと気づけば3〜4時間経っていたということはざら。でもそんな夜の過ごし方は好きです。あぁ大分はかどったなぁと思いながら眠れればラッキー、しかし目覚ましを5つセットしてすぐ起きなければならない時は?正にそれは今日でした・・・。


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