ひとりごと(2008年4月分)

2008年4月30日(水)          「収拾」

連休前半終了。それにしても実にいいお天気でした。

こんないいお天気、湿気も抜けてカラッとしている最中、珍しいものを見つけました。カタツムリ、それもスペシャルな形・・・なんとコルネパンのようにとんがっていて長い。あの丸いノーマルタイプとは違います。このコルネパン状カタツムリ、大分前に「もぬけの空」になっている殻を見つけた事があって、なぜ陸に巻貝が?と驚いた事がありました。その時調べたらどうやらこれはカタツムリの一種らしい。ナミギセルガイというそうです。しかしどうしてもとんがっている殻を背負って歩いているところを、見たくて仕方がなかったのです。

という訳で今回2つ見つかりましたが、すぐに殻の入り口を確認。どちらも幸い「ご在宅」のようでした。何とか出てきてもらうために濡れたティッシュペーパーの上に置き、しばらく時間がかかるだろうと放っておいたら・・・5分もしない内に、何とティッシュペーパーを横断して机の上を歩いていました。思ったより速く歩けるようで・・・しかしあのとんがった殻を左右に振りながら(といっても振り幅は1ミリもありませんが)歩く姿はユーモラス。まだ子供のようで高さ?1センチもないほど小さい小さいもので、とても可愛いかった。証拠写真を撮ってから枯葉の下に返しました。

今日から再び「日常」が始まる・・・そうと思っただけでこういう事はケロッと忘れ、音楽の事に頭がシフトするのです。どうにかスイッチをオフにしないと全てが音楽の事につながってしまうたちなので、コルネパンが歩く姿にはしばし癒されました。

最近はご案内状をひたすら書き、そして仕事上のメールもたくさん打ち、ペンにしろパソコンにしろとにかく手や腕が痛くなりました。ピアノに関しては昔はあちこちを痛くしていたものの、今は思い当たるほどの無茶をしない限りは故障しなくなりました。という事は、字を書いたりキーボードを打ったりしている時の姿勢が如何に悪いか、という事。手首の高さ?肩の位置?机の高さ?・・・考え出すとはまってしまう(けれどすぐには直せない)。

高校の初見の授業の事でいろいろ考える事があり・・・ま、これはいつも常に頭の隅にある事なのですが。

いきなりですが、初見は大好きです。もともと子供の頃から耳で聴き覚えた曲の楽譜を探し出しては、遊びでパラパラと弾いてみる癖があり、「音が出せたっ」という満足感に浸っていたのでした。それが高校入試の正式科目?と分かり、ソルフェージュと共に(初見もソルフェージュの一つ、というかソルフェージュの最終目的だと思う)教えて頂くようになりました。その先生のレッスンに伺う度にいつも新しい発見があり、そして音楽とは何ぞや?というところにちゃんとつながってくる実感が持てて・・・ためになったのはもちろんの事、本当に楽しい時間でした。

ちなみに初見とは読んで字の如く、初めて見せられた楽譜を音を出さずに目を通し、その後すぐ弾いてみる事。試験では当然、正確に音やリズムを弾く事はもちろん、楽譜に書かれている記号などを全てをちゃんと理解し、自分の表現として演奏する事が求められます。

遠い昔の事になりますが今もはっきり覚えています。その入試で出た課題は3声のフーガ。「うゎ・・・」と思いました。記憶に間違いがなければ4分の2拍子、ハ長調、16分音符が頻繁に出てくるリズミカルなテーマで、とにかくテンポにのって最後まで快調に進もうと思った・・・けど、坂を転がり落ちる雪だるまのように最後はすさまじい速さになっていたような気がします。

それはともかくと、今私が「初見は楽しい、面白い」という事に自信を持って授業できるのは、先生がそう教えて下さったお陰です。先生はまだお若いのに、数年前にお亡くなりになりました・・・。

初見が楽しいのは、自分の知らない世界に足を踏み入れる事ができるから。レッスンで弾く曲だけだったら1年間にごくわずか、でもそれだけだったらつまらない。ピアノ曲以外も音にしてみるチャンスがあった方がいいし、単純に紙の上の記号でしかない音符を音にしてゆくって、ただそれだけで楽しい。

普段のピアノのレッスンで目標にする事、それは「まず譜が読め、そして滞りなく弾ける」。この段階までにひっかかってくる事が読譜力とピアノの(メカニカルな)テクニック。それが当たり前にできた上で「どう表現するか、何を表現するか?」という問題に突き当たるはずです。

「音楽する」事の究極は、練習を重ねて本番でどれだけ「自分の」表現ができるか?という事でもあり、それとは別に初見でもどれだけ曲に近づけるか?という事でもあると、最近は思うようになりました。この2つがそもそも対極にある事なので、授業の時には「初見なら仮に指使いがハチャメチャでも、音楽の流れを止めずに曲の全貌を掴む事が大事。レッスンで宿題に出された曲は1つ1つ丁寧に練習して。」と口をすっぱくして言っています。私は全く駄目ですが、即興演奏もきっと「音楽する」事の究極でしょう。

例えばハ音記号(ソプラノ記号、アルト記号・・・)を自由に読めるようになる事、読める事そのものが大事なのではなく、記号を苦にもせず読めれば音楽の世界を自在に「歩けるように」なるから・・・?「何故ハ音記号を読む必要があるの?」と訊かれて、それを実感としてわかってもらう程の説得力のある答えが見つからない自分がいます。「オーケストラ・スコアが読めるから」ではなく、もっともっと納得してもらえる意義を。もっとも私自身は何の疑問も持たずに一生懸命読む練習をしていて、その後何年も経ってから「あぁやっておいてよかった」と思ったクチですが。

そう言えば最近ある副科の学生さんに、「先生がピアノを弾いているのは音楽が好きだから?ピアノが好きだから?どちらですか?」と尋ねられました。「もちろん音楽」と即答した後に、「いや、でも生まれ変わってもやっぱりピアノがいい」と思っている自分に気付き・・・。う〜ん、最初に目指す音楽像があってその実現にピアノが必要なのか、ピアノがあるからこそ目指す音楽像がみえてくるのか、それともピアノにはすばらしいレパートリーが山ほどあるから?と思ったら分からなくなってきた・・・。

このところ頭の中でぐるぐるしている事を書き始めたら、こんな風に収拾がつかなくなってしまいました。そんな訳でここ数回は珍しく(?)音楽に関係ない話をいろいろ書いていて・・・「テーマが絞りきれないまま論文を書き始めたら、締め切りに間に合わないかも」同様(?)、ひとりごとを書きあげられぬ内に朝を迎える可能性が高く、逃げていました(すみません)。

初見の話がまた中途になってしまいましたが、「音楽する事の究極」であるならば1回に書ききれるはずもない。というところでとりあえず止めておきます。今日も大変なスケジュールなので早く寝なくては。

その前に。コンサート情報に新しいお知らせを載せましたのでご覧下さい。学生時代の同期のヴィオラの友人とのコンサートで、ソロ、デュオ、トリオあり、バラエティに富んだプログラムです。ドイツ在住の彼女とはメール、時折電話でやりとりして進めていますが、びっくりするほど海外と通話が安くなったお陰で全然遠い気がしません。でも実際の距離はやはり遠く、合わせは7月に彼女が帰国してから。どんな風に曲を仕上げてゆく事になるのでしょうか、久しぶりに共演できる事を楽しみにしています。

しかしこんな長く書いたのも久しぶりの事・・・。



2008年4月28日(月)          「野菜の香り」

連休はいいお天気が続くようですね。晴れてくれるだけで気分は上向きますが、日差しは強烈。日傘を差したいと思っているのに、まだ差している人を見かけず・・・早々に焼けて痛くなりそうです。

暦通りに学校はあるのですが、この時期は例年なぜかホッとします。4月にいろいろな事が一気に始まり、あっぷあっぷしているところに束の間の息抜き・・・と思えるからでしょうか。家にいられる日が1日増えるだけでも全然違いますが、この時期はいつもリサイタルの曲目解説を書いていて、楽書が山と積まれた中、締め切りと戦っています(・・・が、実は今、必死でご案内を書いています)。

思い出してみれば、昔も今も変わらず、新しい環境への順応力は乏しい気がします。慣れるまでのストレスは顔には出さないようにしていたものの(いや、出ていたかも)、相当なものだったと思う。それは学生から講師に立場が変わった今でも同じで、新しい学生さんや新しいクラスに私自身馴染めるまで、あれこれ悩みながら試行錯誤が続きます。

気になる事がいくつもあると、頭が「ひとりごと」モードに切り替わらないようで・・・自分のピアノの事はなぜかどうしても書けないので、食べ物の話を。

好き嫌いは基本的になし、何でも食べます。最近気付いたのは、食べ物の香りに惹かれる事が多いという事実。例えば・・・セロリ、にんじん、きのこ類、ねぎ、トマト。ちなみにこれ、「嫌いなもの」に思われそうですがそうではなく、「好きなもの」。

セロリは緑色をした色も香りも強いものが好きで、生でバリバリかじるのもいいですが、スープにすると更に美味しいし、葉っぱは細かく切って醤油とみりんで炒め、七味唐辛子をぱらっと振ってふりかけ(?)にします。今時の野菜ジュースはセロリの割合が少なくなってきて悲しい。にんじんも小ぶりのものが出てくると洗って丸かじり。葉がついてくればもちろんふりかけに。きのこはなんでも好きで、何につけても入れてしまいます。パスタにはしょっちゅう登場。先日は直径12センチ程の(!)見事なシイタケを頂きました。シイタケといえば串に差して魚焼き器で焼き、レモン汁と醤油で食べるのが定番。今回は大きすぎて入らないので、トースターにクッキングシートを引いて焼いてみたら、ジューシーで香り高く、何もつけずに美味しく頂けました。ねぎは普通に刻んで使う以外に、葉っぱの青いところも決して捨てずにスープに入れたり炒めたりする。トマトといえば、生でもジュースでも火を通してもどうやっても美味しい。何かこう書いていると、もしかして変わり者?という気がしなくもないですが・・・?

あ、誤解の無いよう書きますが、他の野菜も他の食べ物ももちろん好きです。でもこう思えるのは美味しく安全な食材に出会えているから。素材の味がよければ手を加えなくても済むし、それより手を加えてしまったらもったいない。そうやって香りごと味わって食べられるのはありがたい事。

そう言えば、1年前か2年前の今くらいの時期、細長い形をした小さなお弁当箱を買いました。学校に来れば外に食べにいく時間が取れないし、朝早いからコンビニで買うしかなく、それが毎日続くのは空しい・・・と思っての事。ただでさえ「旅行に行くみたい」とからかわれる位の大荷物持ちなので、カバン内のスペースを出来るだけ節約しようと形と大きさに拘って探したのですが、実は未使用。最近まで買った事さえ忘れていました・・・。マイボトルとマイ箸を持っていくとか、サンドイッチをちゃちゃっと作るとか急いでいてもできるようになりましたが、朝の忙しい時にそこまでやるのはまだ無理かも・・・。



2008年4月21日(月)          「1年次第」

いい季節になりました。ただ、花粉の飛散を除いては。

毎年の事ですが、「あぁ、いい季節になったなぁ」と思う瞬間があります。家には亡くなった祖母が植えてくれた大きな大きな山吹があり、4月半ばになるとたくさんの花を咲かせます。よく言われる「山吹色」よりはるかに鮮やか、昼間は目にまぶしい位。夜は街灯の薄明かりの下でぼぉっと浮き上がり、それがまた神秘的。1つ1つの花は顔を近づけなければわからない程度にしか香らないのに、満開になる頃にはあたりに甘い香りが漂い、春風がふぅっと吹く度にその香りに包まれ、ただ見ているだけでとても落ち着けるのです。でもそんな状況を楽しめるのは数日。雨が降り、風が吹き・・・春は無常。いつのまにか大分散ってしまいましたが、散り際も美しいのです。黄色い桜の花吹雪といえば想像して頂けるでしょうか。桜とほとんど同じ形をした鮮やかな黄色の花びらが、地面いっぱいに散らばっている・・・ちょっと悲しいけれど、でもとても美しいものです。

春の大嵐がやってくるのに、さすがにどうにもしてあげられないのが分かっていたので、「晴れている内に一番美しいところを」とケータイのカメラで撮りました。4月初めに早々と咲いた梨の花もそうやって残しました。やっぱり花は散るからこそ美しい・・・けれど、1年の内の一瞬。次に見られるのは1年後、でもその時綺麗な花が見られるかどうかはこの1年次第。

この1年次第と言えば、毎週継続されるレッスンも同じかも。先週は学内の試験を聴き、何人かの先生方と少しお話しする事ができました。レッスンについていつも考えていますが、春休み中いっとき頭から離れていたのが新学期に入って再燃。ふと持ち上がった疑問や迷いが、お話を伺って少し整理された気がします。

考えていた事はたくさんありますが・・・基礎、特にエチュードとバッハは大事。そして曲との「然るべき」出会い、これも大きい。1回1回の変化は小さくても、1年通してみればはっきり分かるからこそ、どういう曲を選び、どのようにそれらに取り組んでいくか、それがどれほどの意味を持つのか実感しています。ある曲との出会いが大きく成長を遂げ、価値観を変えるきっかけとなり、一生付き合っていく大事なレパートリーとなるかもしれないので。そう考え出すと、果たしてこれぞという曲との出会いをお膳立てできている?でもその前にその学生さん自身を知らなくては。自分の事ならともかく、責任重大です。

・・・なんていろいろ迷いつつ探しつつ考えている内に第3週に入りましたが、どうも体が慣れなくて。いつもの「睡眠を削ってでも何とかやり遂げる」という無茶ができず、やらなければならない事が滞っています。慣れてくればできるかな。自分自身の練習にも早く没頭できる状況を作りたいものです。

もうすぐ連休だという事にさっき気付き、焦りました・・・。




2008年4月15日(火)          「ぶつけ本番」

寒暖の差が激しい今日この頃。新学期がついに始まり、あたふたする日々を送っています。またもやご無沙汰してしまいました・・・。

新学期が始まってまずする事は、この半期の出講日のスケジュールの決定。これが決まるまではとにかく落ち着かないのです。前もって大学から、レッスン室の場所と曜日、時間が割り当てられています。在校生の授業の空き時間は新学期早々お尋ね済みですが、新入生は時間割を決めるまでにもう少し時間がかかり、更に高校の方が新学期の始まりが遅いのでもう少し遅れ、そんな中、在校生から「予定が変わった」と連絡が来・・・。その情報を元に、動かせない高校の授業とレッスン、大学の室内楽以外で、どうにかこうにか全員のレッスンを納めます。これが至難の業。

誰か1人が急遽時間割変更となっても、最初から決め直し。それは室内楽、ピアノ専攻、副科と所要時間が全て違うので、誰かと誰かを単純に交換する訳にはいかないせい。室内楽は広い場所でお願いしないとならないし。授業をがっちり取りまくっている学生さんの都合を全員分考え・・・今年は無理?と何度も弱気になりました。が、何とかぴっちぴちに納まりました!ホッ。

その次にする事。最初のレッスンは盛りだくさんになります。学生さんそれぞれにとって最大限の分量の春休みの宿題を出しているので、弾いてきたところまでを聴きます。前期末試験のある学生さんとは試験で何を弾くかを相談し、そして準備にどれ位かかるかを考えて今期の計画を大体決めます。初めて聴かせてもらう新入生には今まで弾いた曲のリストを持ってきてもらい、最近弾いていた曲を弾いてもらい、初回のレッスンで今後の計画を一気に決断・・・でもそんなに簡単に1人の人を理解できるはずもない。それでも7月に試験となれば迷っている暇もなく、心の中でごめんねと思いながらてきぱきと決めていっているのです。

本当にいろいろな事を考えています。どんな曲が好き?どんな音色を持っている?どういう性格?どんなペースで弾いてきたか?そして今までたくさん弾いてきたもの、今まで弾いた事のないもの、得意とするもの、苦手なものなどなど・・・。もちろん計画を立てても何か違う?と思ったらすぐ修正するけれど、責任重大だからこそ迷い、でもこちらが迷ったら困ってしまうと思うから一生懸命考えるしかない。そんな新学期です。

でも伴奏ではそういう状況も無きにしもあらず。講習会でのレッスン、そして成果発表のコンサートなど、たった1回の通し程度で本番に臨まなければならない時もあり、ぶつけ本番もあり・・・。もちろんピアノのレッスンをする時と観点は全く違い、考えるのは相手に心配をさせない事、そして相手のいいところを引き出せるようにする事。これこそはその場一瞬での事なので、直感と集中力にかけるしかないのですが。

・・・と書いていて思い出しました。ありましたありました、今回の講習会でも。コンサート1時間前に合わせ、その時にお会いするのも初めてなら、何を弾くかを聞くのも初めて。楽譜をもらって「え・・・この曲弾いた事も聴いた事もない・・・」。最近亡くなられた作曲家の作品でした。他のピアニストも無理との事、私はその曲はもとより、ピアノの為の作品も弾いた事がなく・・・せめてピアノの曲でも弾いた事があれば、いろいろ見えて来ることもあるのですが。結局残りわずかな時間で楽譜を見直し、少しだけピアノにさわり、後は腹をくくって本番に臨みました。何とかついていきましたが、あれほど神経を尖らせた経験も今までありませんでした・・・。

講習会は特殊な状況なのでこういう事は止むを得ず、そういう事もあろうかと覚悟はしていますが、しかし全くのレパートリー外でした。備えあれば憂いなし、ほとぼりが冷めない内にさらうべし、です。

話が反れてしまいましたが、そんな訳で例年この時期は1に学校、2にリサイタルの事務的な仕事、3にやっと自分の練習となります。学校関係の事で大量にメールしていたり、リサイタルのご案内をちょこちょこ書いていたりするので、どうしてもこのひとりごとの文章がひらめかなくて・・・面白い事が書けなくてごめんなさい。

街中で八重桜の美しいところを見つけました。何年かぶりで通った道だけれど、季節が違ったのでその並木が八重桜だったなんて気付かなかった。フリルの花びらのピンクや白のまん丸い花がたくさん、風にふんわりと揺れていました・・・。


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