ひとりごと(2007年4月分)

2007年4月30日(月)       「2007年のプログラム」

今日で4月も終わり。いつもの事ながらこの1ヶ月は本当に早い。そして5月の1ヶ月は更に早い早い・・・。

今更のようですが、今年のリサイタルのプログラムについて。昨年は何を書いていたんだろう?と調べたら、何と昨年も4月30日に書いていました(思考回路の進歩がないっ)。

プログラム決めは、まず一番弾きたいものから。今回は一番弾きたいものというより、弾かねばならない曲と言うべきでしょうか。先日録音したリストの「ダンテを読んで」。これは昨年「松井クラシックのつどい」で弾かせて頂きましたが、自主企画ではまだ取り上げていなかったので、何はともあれこれをお披露目(?)しなければ。という訳で、これを中心にプログラムを決めていきました。

昨年は私にしては非常に珍しいプログラム、フランスものとロシアものをメインに据えましたが、やはり気持ちの置き所がいつもと全く違いました。何だか落ち着かない感じ。好きだからこそ弾く事にしたし、もちろん一流の素晴らしい作品なのですが・・・。という訳で今回は徹底的に、ドイツ・オーストリアものにこだわってみました。

以前はさんざん、ベートーヴェンは恐れ多いと書いていたと思うのですが、ちょっとだけその気持ちが薄まってきて、この頃は弾かせてもらってもいいかな?という気分です。曲に対する気持ちに迷いがあっても弾けない、解釈に自信がもてなくても弾けない、もともとそういう厄介な性分なので、プログラムも考えに考えて決め、それでもそういう心持ちが当日もろに演奏に反映されてしまったと感じる事があります・・・。

それはさておき、ベートーヴェンの「ソナタ作品109」は今回やっと日の目を見る事ができます。これは遠い昔、大学院の入試で準備した曲でした。記憶に間違いが無ければ、その時の課題はJ.S.バッハの音楽の捧げ物から「3声のリチェルカーレ」、そしてベートーヴェンの「ソナタ作品101、109、110、111」の4曲から2曲を自由選択(もちろん全楽章)して当日1曲指定。その時に私は109と110を選んだのですが、当日指定されたのは110の方でした。

今でこそ入試は、学部も院も指定された範囲の中から自由にプログラムを組めるようになっているらしいのですが、当時はこうやって年毎にいろいろな課題が出されました。たまたま私の受けた年はエチュードが課題に入っていなくて、また私に存在の近いドイツものだけだったので救われましたが・・・今思えばいろいろと大変な入試でした(長くなるので省略)。

109は好きで、子供の頃から楽譜を引っ張り出していたずら弾きしていたので、音は大体頭に入っていましたが、110はその時が初めて。101と111は、まだ理解がおぼつかなくて自分に弾けるとも思えませんでした。入試だったからこうやって弾く機会を得たものの、あの時弾いていなかったら果たして今弾いているか?疑問です。

という訳で109を弾いてみたのは入試以来。いつかちゃんとした形で舞台に乗せようと思いつつ、こんなに経ってしまいました。10ん年も経つと曲の印象も当然変わり、弾きながら感じる事考える事も全然違います。1、2楽章を踏まえて、3楽章に本当のメッセージが隠されているのも今は分かるようになったし、なんて深くてそして美しいんだろうと弾きながら感動しています。

このベートーヴェンとリストをメインとして前半に置き、後半は何にしたらいいか。ベートーヴェンが深く、リストはドラマティックなので、後半にもってくるものはそれらと張り合わない、強烈過ぎないものにしようと思いました。いつも自分で思うのです。プログラムが傑作ばかりで欲張り過ぎって。そしてドイツ・オーストリアに関連する作曲家・・・。

という訳でシューマンにしました。今度シューマンを弾く時は「フモレスケ」と決めていたのですが、この曲の持つ何というか柔らかな(?いい表現がみつからない)雰囲気なら、このプログラムにうまくはまると思ったのです。

学生時代、もっとも多く弾いていたのはJ.S.バッハとシューマンでした。そしてその次にベートーヴェンやブラームス、ショパン・・・。あまりにも近づき過ぎたら一度離れてみると分かる事もあるし、少し分かった気になっても本当は違うのではないかと心配になる事もある。それが、ある作曲家ばかりにあえて偏らないようにしている理由です。

シューマンの分身オイゼビウスとフロレスタンの二面性、心から湧き出てきたありのままの感情、大きく広がってゆくファンタジーなど、それがシューマンに魅かれる理由でしょうか。同じ作曲家の作品でも当然ながら時期や心境などによってさまざまな曲があり、強く共感できる曲と近づくのに少し努力が必要な曲があります。

今回の自主リサイタルは通算14回目になりますが、13年前にデビューした時はシューマンのクライスレリアーナと謝肉祭を一晩に入れてしまうという、強引プログラムでした(私が先生だったら「そんな無謀は止めなさい」というでしょう・・・)。そしてホールをおさえてから初めて分かった事に、その日はシューマンの誕生日。なぜそんな無謀をはたらいたかと言うと、リサイタルをしてみて自分にはとても無理と分かったら、1回きりで止めにしよう。その際は悔いが残らないように、と傑作2つを並べたのでした。結果的にはそれなりのデビューが飾れた(と思う)ので、その後こうやって13回続いているのですが・・・きっとシューマン氏が助けて下さったのでしょう。

又話がそれてしまいました。シューマンの作品は、後に妻となるクララの事を思って書かれたものが多いのです。シューマンのその気持ちに共感できるような気がしていたものの、男の人の気持ちはやはり分からないのではないかと一時期自信が持てなくなって、少し距離を置いていました。それでも好きな曲から順にリサイタルにとりあげていったら、そろそろ「少し遠い作品」に取り組む時期に入ってきたようです。初期に書かれた作品の方が直接的で鮮やかで、五感そのものに訴えるような気がしますが、「フモレスケ」はちょっとそれまでの作品と違うように思えます。どう解釈するか、これから楽書を読み、弾きながら探す事にします。

後半「フモレスケ」1曲では少し短くない?とか、後半のっけから「フモレスケ」に(私もお客様も)感情移入できる?とか考え、もう1曲入れる事にしました。「アラベスク」も考えましたが、ちょっとひとひねりして「アベッグ変奏曲」。これは小学生の時に宿題で頂き、シューマンとの出会いを決めたといってもいい、そんな思い出深い曲です。作品1のデビュー作、みずみずしい感性に加え、ほんの少しだけ遠慮がちな表現、でもテクニックの扱いには意欲的で、不思議な魅力があるのです。これも「ん10年ぶり」に弾いてみて、楽譜にさまざまな事が書かれているのに今更ながら気付きました・・・。

というところで残ったのが、冒頭の曲。ハイドンのソナタから1曲と思い、どっしりと聴ける傑作よりはさわやかな印象を残す小さい作品、そして拍子や調性も考えたら「ソナタHob.34」になりました。ハイドンは最近とても興味があって、いろいろ弾いてみたいと思っているのです。しかし、J.S.バッハの作品もまさに同じなのですが、リサイタルではプログラムの冒頭に置かざるを得なくて、気持ちも指も落ち着かない内に弾かなくてはならない。前半の終わりや後半に持ってくる訳にいかないので主役級の扱いができず、作曲家さんには申し訳なく思っているのです。バッハの平均律もすばらしい曲揃いだけど1曲抜き出すのは嫌だし、かといって一晩に1集全部弾くのもお客様がお疲れになるのではと思うし・・・。

えぇと話まとめまして、要するに今回は、ハイドンの「ソナタHob.34」、ベートーヴェンの「ソナタ作品109」、リストの「ダンテを読んで」、シューマンの「アベッグ変奏曲」と「フモレスケ」、こういうプログラムとなりました。いかがでしょうか・・・?

実は4月中頃、今回のリサイタルについてのインタビューがありました。これだけ世の中にピアニストがたくさんいらっしゃる中、とりあげて頂けるのは本当にありがたいのですが、どうもインタビューは(というかしゃべるのは)苦手です。昨年同じような状況で何も言いたい事が言えなかった事を反省し、今回は伝えたい事をちゃんと考えていこうと思いました。リサイタルについて尋ねられるのだったら、今回のリサイタルに込める想いや自分の演奏について何が語れるか、必死で考えたのにどうしても言葉が浮かばない。自分の個性って何だろう?「演奏そのものがメッセージなので、ぜひ聴いて下さい」ということしか言えない。そんな結論に達してしまいました。決めの一言が格好よく言えなくてちょっと情けない・・・。インタビュアーさんと編集者の方が話しやすい雰囲気を作って下さったのに、何とか助けられたというところでしょうか。大変お世話になりました。ありがとうございました。

という訳で、お時間ありましたらぜひ6月3日(日)14時に津田ホールにいらして下さい。言葉でうまく表現出来ないのですが、音楽で「想い」を伝える演奏ができるよう、これから1ヶ月精一杯の事をするつもりです。よろしくお願い致します。

さて、いつもはこの時期、「来年は何を弾こう?」とひそかに考えていたりするのですが、今回は全く考えていない自分に気付きました。呆然。それだけ余裕がないって事なのか、それともいろいろ抜けているのか、何なんでしょう?

明日はまた学校です。極力しゃべらないようにいたわってきた喉が、明日どこまで頑張ってくれるかちょっと心配。のど飴バリバリ噛み砕きながら(ついつい噛んでしまうのでよく音に驚かれます)、頑張ろうっと・・・。



2007年4月29日(日)       「声」

菜種梅雨も過ぎたかなと思いきや、不安定なお天気のままゴールデン・ウィークに突入!

またもやご無沙汰しております。未更新期間最長記録までにはあと少し残っているけれど、私の意識の中では前回の更新ははるかかなた昔。学校が忙しかった上に、先週は恐るべき事が起きました。それは・・・。

前代未聞の出来事、声が出なくなりました。まさかしゃべらずにレッスンする訳にもいかず、教室での授業にマイクを使う訳にもいかない。もちろんそんな事で休む訳にもいかない。根性で乗り切りました(はぁ)。

記憶に間違いがなければ、昨年度は何とか風邪をひかずにのりきれました。危険な予兆は数回あったけれど、1日で体調は何とか戻せていました。喉が弱いという自覚はあるので、夏場でも首元にタオルを巻いて寝る位気をつけているけれど、さすがに今回ばかりはどうにも出来ずにこの有様です。

今年は3月終わりから目がかゆかったり洟が出たりして、ヒノキ花粉にイジメられていると感じていたのです。でも支障が出るほどでもないので普通に生活していたら、先週末晴れて風がびぅびぅ吹いた時に花粉が喉に張り付いてしまったようです。咳き込んでも全然取れず、夜の内に気管に入り込み、翌日に喉が腫れ上がって激痛を起こし、学校で1日フルにしゃべり続ける内に声が出なくなり・・・という訳。どうしてもしゃべらざるを得ない状況が続いているので、良くなったり悪くなったりの繰り返しです。でも未だ症状は、声が出ないのと喉が痛いのと咳が出る、これだけだから風邪ではないと信じたい。不思議な事に、時を全く同じくして同じ症状が出ている人が周りに多いのです。

ピアノを弾く事に関してはかろうじて問題ないので、恐怖に襲われずに済んでいます。でも今回初めて、「毎日こんなにしゃべっていたんだ〜」と今更ながら気付かされました。子供の頃から、しゃべるより人の話を聞く方が断然得意。だから学校に来る日は大変だったのかと、改めて認識した次第・・・。

気候も変だし、体調を崩されている方も多いかもしれません。皆様もくれぐれもお気をつけ下さい。

ゴールデン・ウィークの過ごし方。例年決まってこのお休みは、楽書を山ほど読んで、6月のリサイタルの曲目解説を書いています。このお休みがなければ絶対書けないので、必然的に(?)リサイタルは6月の頭。

今年度はレッスン室の使える時間の都合上、ぽっかりと1時間空き、その時間は図書館で過ごす事に決めました。いつもは休みも殆ど取れない位びっしり詰まっているので、図書館は必要がある時しか寄れなかったけれど、今のように何の目的もなくCD棚や書棚を眺めている方が断然楽しい。興味の対象って、何も考えていない時の方がどんどん広がる気がします。目的意識を持ってそれだけに対象を絞るのは、勉強の仕方が貧しいのかも。蜘蛛の巣を張りめぐらせるように勉強できていた昔が、ちょっとだけ懐かしくなりました。

どうも中途半端な気もしますが、今日はここまで。喉をいたわって早めに寝る事にしますzzz・・・。



2007年4月15日(日)       「選曲の都合」

新学期も通常授業が始まり、1週間が過ぎました。第1週は新しい事づくめで慣れず、結構疲れます。毎日早起きする生活も久しぶりだし・・・。

さて、すっかり遅くなってしまいましたが、何はともあれ「選曲の理由」ならぬ「選曲の都合」について書こうと思います。新学期の事とか他に書きたいテーマは山ほどあるけれど、それは後日に。

今回のCD、そもそもは何が何でも録音したい曲があった訳ではないのです。以前にちょこっと弾かせて頂く機会があり、その時そのホールの響きとピアノの音に魅かれたのが事の始め。それが「いつかここで録音したい」にすりかわっていたという・・・そこから「じゃぁ何の曲にしよう?」と話が広がっていったのでした。

リサイタルの選曲は「ご都合主義」、つまり「その時に弾けそうなものを寄せ集める」のは絶対嫌で、都合を無視して理想論で組み立てていってしまうのが常(だから準備が大変・・・)。弾きたいものを選べる自主リサイタルだからこそ責任も問われるのですが、「好きな曲を弾いて下さい」と心優しき主催者の方が言って下さる演奏会では、そのお心遣いを本当にありがたく思います。ただ、録音は別。一瞬で消えるライヴと違ってずっとず〜っと残るのです。だからさすがの私も慎重になり、録音は1度は本番を踏んだ曲にしようと決めて、そこから考えていきました。

具体的に話が固まったのはいつだったか正確には覚えていませんが、ホール予約は1年前に既にしていたので、多分昨年3月には全て決めてあったかと思います。3月といえば、昨年の6月のリサイタルの準備をしている時期。その時に録音したい曲としてまず思い浮かんだのが、シューベルトの「D.960のソナタ」。一昨年のリサイタルで既に弾いていましたが、シューベルト最晩年の最高傑作、これから何回も演奏しながら少しずつ曲に近づこう、自分の表現を探そうと思っていました。ちょうど9月の「松井クラシックのつどい」のリサイタルでもこれをリクエストされていたので、まぁいいタイミングかもと思いました。

そして昨年3月にちょうどさらっていた、6月のリサイタルのプログラム。フランクの「プレリュード、コラールとフーガ」にどんどん引き込まれていきました。弾くのはお初だし、フランクはそんなにたくさんピアノ曲を遺していない(=あまり弾けない)からイマイチ距離がある気がする・・・。その時点では本番を踏んでいないので、やってみない内に答えを出すのは危険かな?とチラと頭をかすめましたが、その時の勢いで「これは録るべき」と思い込み・・・我ながら恐るべき精神力(?)。でも一応は、1回本番を踏んでからの録音となります。

もともと初めから、1人の作曲家でまとめようとは思っていませんでした。それよりはこれぞと思える曲、自分にとって「出会ってしまった」曲にしようと。シューベルトの「D.960のソナタ」とフランクの「プレリュード、コラールとフーガ」はどこでつながりを感じたかと言うと、「深さ」そして「広さ」。表現している内容や曲の構成など違うとはいえ、どちらも壮大な世界観を感じ取る事ができます。そして表向きの派手さとは無縁の、心の底からにじみ出てくるもの、あるいは心の奥に迫ってゆくもの、そういうものを弾きたい気分でした。

というところで後何を組ませる?現実的な問題に気付きました。シューベルトが約40分、フランクが20分弱、残すは約20分。ピンと来て、且つ20分以内の曲・・・いくつか候補はあがりましたが、どれもあまりピンと来なかったり、シューベルトとフランクにつながらなかったり・・・。何日も考えてそれでも決まらなかったので、15〜20分の曲(って結構少ない)に的を絞っていろいろ弾いてみました。はなから自分に弾ける訳もないとタカをくくっていたのが、リストの「ダンテを読んで」。学生時代にちょこちょこさらっていた曲の1つですが、当時の私のテクニックでは全く手に負えなくて、多分一生本番で弾く事はないだろうなと思っていたのです。だからこの組み合わせはどう?なんて事も考えもしませんでした。

そんな訳で弾いてみたのは10ん年ぶり。やはり難しいとは思ったけれど、手に負えなくもないかも?と思えました。10ん年で多少はテクニックが進化したのもあるでしょうし、以前はあまり理解できなかったのに、曲にとても共感できたのが不思議・・・。表向きは派手に聴こえる曲ですが、人間の業とか深い何かを追求していると思え、ぜひ弾いてみたいという気持ちになりました。「深さ」と「広さ」は共通項、でもこういうダイナミックな曲も入っていていいでしょ?ちょうど9月の「松井クラシックのつどい」のプログラムの締め切りも迫っていた頃で、だったらこちらで1度弾かせて頂こう、それで無理だと分かったら録音の曲は新しく考え直そう。そう思ったら気が楽になりました。

というところで、所沢のプログラムがトントントンと決まってきました。ここで話は2006年7月29日の「所沢のプログラム」に続くのです・・・。今年のリサイタルの選曲についてはまたまた後ほど。

ところで前回、肝心要の事を書くのを忘れました。ゼロから作り上げてその結果どうなったか?

・・・正解だったと思います。思いたい。(練習が)楽な方に逃げなくて本当によかったと思います。聴いてみない事にはどうなのかは分からないけれど、少なくとも後悔せずに済んでいます。実際、ゼロから始めて気付けた事がたくさんあり、練習中も録音中もどんどん演奏は変わり、そして自分の求めている世界がそれでもはるか彼方にあると思え・・・そして何よりも、音楽にちゃんと向かえているという実感のある、幸せな時間を過ごせたという事。ただ、どのように出来上がるのかは想像がつかず、ちょっと心配・・・。

話変わって、レパートリーのページを1年ぶりに更新しました。昔演奏したものを思い出して追加したのもあるけれど、この1年間で室内楽とコンチェルトなどの伴奏、新しく20曲も弾いていました。それだけ世界が広がったのは嬉しいけれど、その割にはピアノ・ソロが全然増えない・・・ソロでは、弾いておかねばと思う近現代曲がたくさんあるのですが、そこまで時間もなく(本番があるとか、切羽詰まらないとさらえない)、どうもハードルが高くて。

そしてもう1つ、リート(歌曲)・リサイタルのお手伝いをさせて頂ける事になりました。お仕事として、リート・リサイタルで演奏させて頂くのは初めてかも。とても楽しみです。

学生時代は、声楽の友人のレッスンの伴奏によくついて行っていました。何人もの友人の顔と声が思い出されます。ドイツもの専門の友人が一番多かったのですが、イタリアものやフランスものを得意とする友人のお手伝いもしばしば。院生の頃は、友人のレッスンに毎週ついていく代わりに、ピアノ科対象の歌曲伴奏の授業に毎回来てもらっていました。リートに魅かれ始めたのはこの頃。毎週次から次へと新しい曲を勉強する機会に恵まれ、その作品との出会いがピアノに及ぼした影響もかなりあったかと思います。

学校を出てから、お仕事としてまず縁があったのは弦楽器。学生時代は管楽器と声楽の伴奏をたくさんしていて、リートにその後もご縁があったら勉強したかったのですが、こればかりは自分の意思だけで決められない・・・。実はずっと心残りだったのです。ドイツ語を勉強し始めたのは院の2年から。リートを弾く時に言葉を知っておきたいのもあり、他の理由もあって始めたのですが、1年学んだ位で歌詞の内容を理解できるはずも無く、あれだけ勉強できた時期を半分無駄にしてしまったような気がし、本当の意味で曲を理解していないという後ろめたさもありました。ドイツ語は細々ながらもその後ずっと続けました。あの時以来ご無沙汰なのですが、やっと当たり前の「言葉」の条件をクリアしてドイツ・リートに向かい合えると思ったら、その機会を頂けただけでも素直に嬉しいのです。

歌って下さる荒牧小百合さんは、2006年3月23日「授業もライヴ」に書きましたが、高校の伴奏法の授業をお手伝い下さった先生です。授業中に伺った音楽観にはかなり近いものを感じ、そして歌って下さるその演奏もとても素晴らしく、そんな訳で実はまだプログラムも決まっていないにもかかわらず、どんな選曲をされるのかも含めて楽しみなのです。数日前に伺ったら、ドイツ・リートではマーラーとリヒャルト・シュトラウス、そしておなじみの日本歌曲という感じになる予定だそう。

リヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタは10本指に入るくらいの大好きな曲で(詳しくは2006年10月28日「内部奏法」をご覧下さい)、なんと秋に演奏できる事になっています。同時期に1人の作曲家のいろいろな編成の曲を通じて、理解を深める事ができる。今年初めはフランク、昨年以前は確かシューベルトとベートーヴェンもそうでした。どうやらそういうめぐり合わせになるみたいです。

話戻して、荒牧さん情報は「コンサート情報」にアップしましたのでご覧下さい。既にチケットは売り出されているのですが、こじんまりとした場所ですので(チラシによると「僅か100席の贅沢」だそうです)、もしいらして頂ける場合はチケットのお求めはどうぞお早めに。よろしくお願い致します。

先週は授業の資料をつくるのもあって、パソコンづいていました。お陰様でとても興味深い勉強ができていますが、ここにはまってしまったら大変大変。やはり1日全てをピアノにかけられる生活は、夢のまた夢です・・・。



2007年4月9日(月)        「30000!」

前回更新してから今日までに、足早に桜前線が通り過ぎて行きました。ゆっくり桜の下でたたずむ時間が欲しかった。しかし最近のお天気のサイクルの早いのなんの。1日の中で、晴れて曇って雨が降って・・・。

この頃は外に出ると途端に調子がおかしくなります。スギはちょっとばかりで済んだけど、どうやらヒノキ花粉にいじめられている気が・・・。でも幸いな事に嗅覚は健全で、歩いているとあちらこちらから春の花のいい香りがしてきます。例年より随分早く、家の山吹もライラックも梨も開花し、楓がいっせいに葉を広げました。

ところで年度末の3月31日、偶然だか区切りがいいのかアクセスカウンターが30000を超えました。こんな早くに?という気もしますが、それだけ早かったのは全然更新できなくてもあきらめずにアクセスして下さる方が、たくさんいらしたお陰かと思っています。ありがとうございます。これからも細々と、しかしだらだらと(?)長く更新し続けるつもりですので、今後ともよろしくお願い致します。お願いついでに、ご感想などお寄せ頂けますと嬉しく思います。

入学式もとっくの昔に終わりました(洗足は早いのです)。先々週の講習会ははるか遠くの事のよう。今回も大変な事はありましたが、それよりも久しぶりに伴奏をした学生さんの成長振りを伺えたのが嬉しかったです。毎週聴いているより数ヶ月、1年と空く方が、その変化を強く感じる事ができる。10代の1日って私たちにとっての1ヶ月位に相当するのかな?そんな事を考えていました。

ふっと私自身の学生時代を思い出しましたが、失敗し、迷い、考える・・・の連続でした。その代わり、同じ失敗を2度と繰り返さないよう、見つけたものは手放さないよう、必死になっていたような気がします。

というところでさっそく本題、録音当日の事。今更のような気もするのですが、これを書いてしまわない限りは前に進めない気がするので。3月22日「ゼロから」の続きです。

録音前1週間、缶詰となってさらっている時に1度迷ってしまったのでした。ライヴでのいい演奏は自分なりにイメージがあり、それを目指すためにどうしたらいいか分かる気がする。でもふと、録音に於いてのいい演奏って?と考えたらわからなくなってしまい、どんな練習をすればよいか一瞬見えなくなってしまったのでした。もう過去の話になってしまったので、あの時悩むに至った経緯も思い出せないけれど、あの追い詰められた中で自然発生した気持ちではなかったかと思うのです。

今思うに、「ノーミスを目指す事」と「ミスを恐れずに生き生きした表現を目指す事」、これを両立するイメージが持てなかったのでしょう。それともう1つ、毎日楽譜を見直す度に発見があり、その都度演奏も少しずつ変わり、それに終わりは来ない。ライヴだったらその一瞬を切り取ってお聴かせするので、「賞味期限」はその時。だけどCDだったら「賞味期限」は無期限?生身の私の演奏は変わり続けるのに「賞味期限」は定められない。じゃぁ一体何を目指す?

今なら「現段階の私の記録」と割り切れそうな気もするのですが、決してそうは思えない奥深い曲ばかり。録音当日に頭をかすめました。自分で弾きたくて選曲したくせに、「この年でこんなすごい曲弾いちゃっていいのかな・・・」。ま、集中しなくてはならなかったのもあり、シューベルトがこれを書いた年齢は一応超えたという事で許してもらおうと、自分を納得させました(あんな天才の方には失礼なのですが)。

録音は連続2日間。電車でてくてくホールへ向かいました。家からかなりかかるのですが、何とか座れたのもあって殆ど居眠り。丸1日弾くんだろうなぁ、明日も同じだろうなぁ・・・と思いつつ、体力温存。着いたのは11時でした。今回お世話になったのはプロデューサーさん、エンジニアさん、そしていつもコンサートでお世話になっている調律師さん。そしていつもチラシなどの写真をお願いしている、カメラマンの友人にも来てもらいました。

まずするのは音決め。ピアノはお任せで全く問題なし。小1時間、指慣らしっぽくいろいろ弾いている間に、マイクの位置をちょこちょこ変更されていました。そしてその間を利用して録音風景の撮影をしてもらったのですが、これからの録音が一体どうなる事やら、それに意識がいってしまって固くなっていたようで、友人曰く「かなり緊張しているみたいだけど大丈夫〜?」。正にその後を暗示する一言・・・。

単に慣れていないだけかもしれないけれど、録音にはもう苦手意識があるのかもしれません。ライヴが短距離走なら録音はマラソン(・・・というのも強引な例え)?集中して1回だけの演奏を作り上げる方が私にはぴんと来ます。前回の「ラ・ヴァルス」の録音、初日は全くダメでした。1曲が5〜10分の小品、計10曲を2日間で録りきるのは結構きついスケジュール、初めての録音で要領も得ず、どんな風に録ったか今となっては記憶がありません(それ位切羽詰っていたのでしょう)。覚えているのは、その時「リラックスして気楽に行きましょう」と言われていたけれど、私の場合はどうやら逆に集中して臨んだ方がいいと気付いた事。それで何とか2日目を乗り切ったけれど、さて今回は・・?

今回はシューベルト約40分、フランクとリストがそれぞれ約20分という大曲揃いでした。前にも書きましたが、こういう大曲、特にフランクやリストのようにパーツごとにテンポや雰囲気の全く異なるものをつなげてある曲は、流れが結構ものを言うので、できる限り通して録音したかったのです。そして曲の持っている「色合い」が全然違うが故、ある曲のタッチに慣れたらそれをずっと継続したいのと、時間の配分の問題とで、ちょくちょく曲を変える訳にも行かず、結局は1日を3分割して1曲ずつ録っていく事になりました。

2日間ともホールに11時に入り、21時に終了。その間15時あたりに30分ほど軽く食べるお休みをとった位で、後は曲を変える時に10分15分一息入れる位で、とにかく弾き続けました。いつもの事ですが、録ったテイクを聴き直す事は殆どしません。自分の録音を聴くのは疲れるので。たった2日間しかないからこそ、聴いている時間がもったいないと思うのもあり、出している音がどのような音に録れているのか初めに少し聴ければ、後は何となく想像がつきます。1日中耳を酷使しているのに聴く事まで神経が持たないし、仮に聴いたところで休憩代わりにぼぉっとしてしまう気もするのです。

トータル1日8時間は弾いていたと思うけれど、それだけ弾いた実感もなければ、意外にも疲れない自分に驚きました。でもそれは気が張っていた証拠。1日目の帰りの電車では、疲れて爆睡する予定が頭が冴えて全然眠れず、帰ってからもコトンと眠れればよかったものの、やはり寝付けず・・・。ただ2日目朝は猛烈に腕がだるくて、無理をおしてリストから始めたし(弾いている内にいつしか復活)、その日終わりのフランクはいろいろな事が見えてきてどんどん演奏が変わってきているのに、集中できなくなって時間切れ・・・3日間あったらなぁと、ただ残念に思いました。

初日は何はともあれ、どの曲もまず通して録り、その後に楽章毎に通したり部分録りしたりしました。その後2日目には思うところがあって、録り方を変えました。その曲のミスしやすいところ、タッチのコントロールが難しいところ、音色を確認したいところを先に「練習」し、手が慣れたところで通すという具合。これは精神状態も上手く持っていけて、「昨日からやっていればよかった〜」。

初日は気分が一番乗りそうなシューベルトから始め、次いでフランク、一番気乗りのしないリストを最後にしました。予測してはいたけど、シューベルトはあまり音量を必要としないので、フランクから楽器が鳴り始めた感じ。リストは力みすぎているのに自分で気付いていたけれど、もしかして?と思って最後にシューベルトを1度通してみました。昼間と違って楽器が鳴るのもあり、2度目という事もあってかなり気持ちが楽になり、すぅっと曲の中に入れました。不思議なものでそうなるとミスも減り、やっとここで気持ちの余裕が持てたのです。

実質的な録音が出来たのは2日目。初日はやはり私の場合ダメなようです。後先考えて不安が先立つと音楽に入れず、曲がりなりにも使えそうなテイクを初日に何とか残せたら、やっとスタートラインに立つ感じ。2日目は、前日いいテイクが残せなかったリストから始め、それで疲れてしまったのでシューベルト、最後にフランクを持ってきました。他の作品もいろいろ弾いて多少は感じが掴めているシューベルトやリストと比べ、フランクは成長の余地があったようで、最後2時間で見えてきたものがどれほどあった事か。2月にフランクのヴァイオリン・ソナタを弾いた時もそうだったけれど、あまりにも作品が深すぎて1度に全て「解読」できるはずも無く、録音の最中にいろいろ分かってきたのです。当然1回ごとに自然と演奏は変わり、敢えて変えていったところもたくさんあり、弾きながらこの作品の独創性に唖然としていました。ただ残念だったのは時間切れになってしまった事。さすがに最後は背中が痛くなり、集中力も切れてきて肝心要のところに限ってミスをしてしまうようになり・・・後1日、せめてあと何時間かあったらもっといいものが残せるのに。これで終わりにしようと決めた時に、「録音はいいものを求め続けたらキリがなく、どこかで自分で線をひかなければならない(=諦める)」。そんな辛さみたいな思いが、心の中をよぎりました。

ピアノも2日目にはいい音を出してくれるようになりました。正確には、私が2日目にいい音を出してあげられるようになったという事です。リサイタル当日のリハーサルと本番を考えれば自明の事だけど、それでも最初はピアノの鳴りも自分の状態も然り、いい音が出るまでに時間がかかるもの。初日最初に録ったものは、仮に演奏自体がよくても使えないような気がします。無駄な力みを除けたら、もっと早くからいい音で響かせてあげられたのに・・・。2日間弾き続けたピアノには愛着もわくもので、ピアノには「ありがとう」を言い、またいつか弾けたらいいなぁと、そんな事を考えながらホールを後にしました。

今回の録音は私の中の何かを確実に変えました。今よりももっともっと深いところまで表現しなくては、もっともっと高いところまで限界ラインを持っていかなくては、そんな思いです。1日中音楽だけに向かえる生活はわずか1週間だけでしたが、10年来の事。その中で思ったのは、質のいい練習をたくさん積んだからといっていい演奏ができるものでもない。それでも練習は、いい演奏のベースを作るのに必要不可欠で(いつもはこれすら足りていない)、本番でも録音でもいい演奏をするには、感性や(いい意味での)慣れ、直感や集中力など、練習だけでは補えないものも必要だと気付かされました。それは「才能」というものかも知れません・・・。

録音中はたくさんたくさん頭を使いました。弾き終わってすぐのテイクを聴き直したり、静かに反省をする事が出来なかった分、前のテイクを思い出してまずいところを改善しながら弾き進めていきました。「次の大事な和音、さっきはきつすぎたっけ」、「ここでしっかりブレスとって、次のテンポは落ち着き目にしよう」などなど・・・。頭の中では幾つもの考え、意識が同時進行、1つ1つ暗譜を確実にし、1つ1つの表現を決めていったようなものでした。ミスも同様。いつもは練習の段階でノーミスを目指してさらうものの、本番では生きのいい音楽を優先するので、ミスにとらわれ過ぎないようにしています。でも今回やってみて、ノーミスで弾くために難所それぞれにテクニック的なコツがあり、それを1つ1つ意識する事が大切と思えました。それは1つ1つふさわしい音を選んでいくのと意味は同じだけど、自分の辞書に新しい1ページが追加された感じ。そう思うと、6月のリサイタルのハードルは更に高くなるのです・・・。

終わってからしばらく経ち、今思えば「(現段階で)やれるだけの事はやった」と言っても悪くない気がしています。自分の未熟さを挙げていったらそれこそキリが無く、いつになっても完璧になれる事はないけれど。でも録音に次回があるのなら、今よりはもう少し慣れたいものです。CD化されるのは早くても今年秋、遅ければ来年春先くらいになるかと思いますが、「今の記録」として聴いて頂けましたらとても嬉しく思います。その節には、どうぞよろしくお願い致します。

何だか非常に長くなり(もしかしたらお初の長さ?)、うまくまとめ切れていない気もするのですが、やっと書けたという事で勘弁して頂けたらと思います(今回は斜め読みの確率が高そう?)。選曲の理由がまだ残っていますが、なるべく近い内に何とかするつもりです。

早くリサイタルのご案内状をお出しして、ピアノに向かいたい今日この頃・・・。


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