ひとりごと(2006年7月分)

2006年7月31日(月)       「普通」

やっと梅雨が明けました。それは嬉しいけど、どうも今年の夏は暑さが足りなそうな予感がする・・・。

夏期講習が終わって学校の仕事が一段落したら、調子(体も心も頭も全て含め)が戻ってきました。不思議なもので、何をどうしても今までは「おかしな感じ」だったのに、突然良くなりました・・・要するに精神的なところに起因していたのでしょう。

普通でいられるのって本当に大事、とふと思いました。

未だに時々言われるのですが、「手、お綺麗ですね」(いくら何でも嘘でしょ)。しょっちゅう草木の棘で引っかき傷を作り、土を素手でいじっているので指先が黒くなっている事も多いのに・・・。このサイトをご覧になっていらっしゃる方はご存知でしょうが、ピアニストの手に悪そうな事、例えば料理とか土いじりとか力仕事とか、その他もろもろ基本的には何でもやります。「え、そんな事もおやりになるんですか・・・」と言われますが、例え手に悪かろうとも(悪いとは思っていないけど)やはりそういう事は止めたくはないのです。

余談ですが、やはり手でじかに感じていないと分からない事ってあります。例えば「土のふかふか度」。触ってみてこれは重いとか、乾燥しすぎとか、粒が粗いとか。やっぱり人間が触って心地よい土でないと、植物も育たない気がするのです。遅まきながら先日朝顔の植え替えをした時に腐葉土を大量に使いましたが、昔カブト虫を卵からかえした時の事がよみがえりました。こんなふかふかの土の中で育つんだから、カブト虫は幸せだなぁ・・・と。

話が反れました。実際そういう事をしているからこそ、逆に指の怪我など含め体調には非常に気をつけるようになるものです。学生時代、ちょこっとばかりバレーボールをやっていた時も突き指はした事はありませんでした。たまたま運が良かっただけなのかもしれないし、あるいは守護霊としてご先祖様がいつも後ろについていて下さっているからかとも思います・・・。

子供の頃、ピアノの練習があるからといって学校を休む事もしませんでした。授業のある日にコンクールやコンサートの出番が重なった時だけ、止む無く休んだような記憶がありますが、そういう事で皆と違った事をするのが本当に嫌だったのです。普通の事は何でも出来るように、そしていろいろ事を並行して出来るように、そうやって育てられましたが、やはりピアノ弾く以前に人として生きる為に・・・ご飯を作れる事とか絶対必要でしょう。

高校に入学したら、まさにそれを地でいくような生活が待っていました。今の在校生に話を聞くと少し事情は違うようですが、当時は「本当に音楽高校?」という位、体育では徹底的に鍛えて頂きました。春のテニス合宿、夏の臨海学校、冬のスキー合宿は単位として必須で、泳げない人もスキーを履いたことの無い人もとにかくできるようになってしまうという、魔法?のような数日間。音楽家は体力が勝負!と年がら年中先生方がおっしゃっていましたが、今更ながらそれは本当だったと実感させられます。遠泳3時間とか、スキー履いて数日しか経っていないのに山のてっぺんから滑り降りる羽目になった事とか・・・そんな経験も今思い起こせば、何も起きないようにちゃんと見えないところでの先生方のフォローあっての事でしたが、高校生の心理としては「ひぇ、どうしよう・・・」の連続。でも困難な事を乗り越えるというのは何であれ、やはり根性に結びつき自信も生まれるもの。先生方は偉大だったとつくづく思います。そして、大変な中そうやって毎年数回の合宿を敢行して下さった事、本当にありがたく嬉しく思います。楽しい思い出です。

放課後に某有名コンクールを聴きにいったら、確かさっきまで学校で授業を受けていたはずの先輩が舞台で弾いている。おまけに並みいる大学生を押しのけて入賞・・・なんて事もよくありました。例えコンクールであっても授業を休む事は認めないという校則が確かあったように記憶していますが、学校を休まなくてもできる位でなければこの世界は通用しない、そんな風に肌で感じたし、すごい人はいくらでもいると思わされていた高校時代でした。

話をそろそろ元に戻します。現在の生活、特にこの2年位はどこからどこまでもが仕事みたいになっているのですが、今までの人生(なんて偉そうに言える長さもありませんが)全てがそうだった訳ではなく、いろいろな事にかじりつき、寄り道遠回りをしていた時期があったからこそ、今仕事ばかりでも(仕事に恵まれるのはありがたい事)やっていられる気がするのです。なるべく普通に、それが当たり前でいられるのは幸せで、そんな生活の中で感じたさまざまな感情を音楽でお伝えすべきとも思います。

そう言えばこの1ヶ月ほど、新聞もちゃんと読んでいなかったと気付き、世間から取り残されるようになってはいけないなと自分を戒めました。

戦闘がおこなわれている地域があり、それによってつらく悲しい思いをしている人々が居て・・・世界のどこでも当たり前な事として、平和な日常が1日も早く訪れる事を心から祈ります・・・。



2006年7月29日(土)       「所沢のプログラム」

続けての更新です。別に極端という訳ではなく、1度やり始めれば勢いがつくという、ただそれだけ。逆に言えば、エンジンがかかるまでに時間を要するのです。

所沢での「松井クラシックのつどい」のリサイタルまで、1ヶ月ちょっととなりました。今年はどうも始終追われている感じがします。自主企画のピアノ・デュオから自主企画のリサイタルまで約3ヶ月。そしてそのリサイタルから次のリサイタルまで3ヶ月。自主公演というのは練習以外にしなくてはならない事が山のようにあり、そしてソロのリサイタルというのはお頼まれしたものであれ自主であれ、暗譜をして1人で2時間弱持たせなくてはならないという事で、どちらも特別。とは言っても随分前からスケジュールは決まっているのだから、ちゃんと余裕を持って準備すれば良い訳だけど・・・。

今回のプログラム、スタッフの方からひとつだけリクエストされました。シューベルトの遺作D.960のソナタ。これをリクエストして頂けるなんてありがたい事です。通常はよく知られている作品をリクエストされる事が多いもので、とても素晴らしい作品ではあるけれど、これはなかなか弾くチャンスがないかなと思っていたので。スタッフの方々が聴いて下さったリサイタルで、ちょうどこれを弾いていたというのもあるのですが、そんな訳で再演の機会を頂けたのは嬉しい事でした。

シューベルトのこのソナタは、作曲者の代表作の1つといって良いほど大変内容が深く、40分ほどかかる大作なので、これをメインに据えました(この曲については、よろしかったら2005年5月30日「光と影」をご覧下さい)。前半にいきなり弾いてしまうのはもったいないし、聴かれるお客様にしてもそれは重いと思ったので、後半はこれ1曲。というところで前半に何を持ってくるか、可能性はたくさんあってとても悩みましたが、ちょうど気になっていたのがリストの「ダンテを読んで」。ダイナミックな曲のようで、でも内面的な要素が濃く、また静のシューベルトと動のリストの対比も興味深く感じられるのです。リスト自身、シューベルトの歌曲をいくつもピアノ用に編曲(トランスクリプション)しているので、私はこのお二人の曲が隣り合っても全く違和感はなく、そしてこの2曲は表現方法こそ違えど、表現されているテーマには何か共通するものを感じます。またこの作品、副題に「ソナタ風幻想曲」とついているのです。

ここで思いついたのが「ソナタとファンタジー(幻想曲)」のかかわり。いっその事、これにまつわる曲を集めたプログラムにしてしまおうと思い立ちました。そこで候補に上ってきたのが、「幻想曲風ソナタ」の副題を持つベートーヴェンのソナタ作品27−1、そしてモーツァルトの幻想曲ニ短調。リストの先生は練習曲で有名なツェルニー、そしてツェルニーはベートーヴェンに習っていた事があるという訳で、リストとベートーヴェンは音楽的にもテクニック的にも強いつながりを感じさせます。ベートーヴェンはシューベルトと同時期ウィーンで生活していたし、モーツァルトもウィーンに縁があり・・・そんな風に各作曲家同士、何かしら結びついているのです。もちろんこれ以外にもファンタジーと名のつく曲はたくさんありますが、6月のリサイタルのプログラムは敢えてドイツものを少なくしていたので、その反動でどっぷりドイツもの!

リサイタルのタイトルは「ファンタジーとソナタの世界」にしました。こんな風に、いつもの自主のリサイタルの如く勝手気ままにプログラムを組んでしまいましたが、それをお許し下さったスタッフの皆様には感謝申し上げます。後は「いい曲・・・」と思って頂けるような演奏をするだけ。8月からぼちぼちソロ・モードに入れるので、何だかうずうずしています。

という訳で、都心から少し離れていますが、アットホームな雰囲気の中、(多分)トーク付きで演奏をお聴き頂けると思います。このプログラムは今回限りですので、お聴き逃しなく。ぜひ所沢までお出かけ下さい。よろしくお願い致します。

世の中「夏休み」なのね、とやっと余裕を持って周りを見られるようになりました。もう8月になるというのに梅雨明けはまだ。今年の夏は短そうな予感がして、1日も早くカーッと晴れる日が来るのを待ち望んでいます。トマトとナスと枝豆とトウモロコシと桃の美味しい季節ももうすぐ・・・。



2006年7月28日(金)       「感想メール」

長かった1週間が終わりました・・・ふぅ。

前回に、「忙しい」を言い訳にしない生き方をしたいなんて書いてしまいましたが、それは今日はちょっと無理。6日間の中で、試験を朝から晩まで聴いた1日を挟み、あとの5日は本番続き。「鱒」に始まり、歌30数曲、管8曲、自分のソロ・・・それらのゲネプロ、本番があり、合間に合わせやらレッスンやら入り、無我夢中で過ごした1週間でした。

お陰様で「鱒」も無事に終わりました。いらして下さった皆様へ、ありがとうございました。まだ1週間しか経っていないのに妙に遠い日の出来事のようで、客観的に思い出せるような気がします。

今回5月中頃から(リサイタル前後はブランクがありましたが)たくさんの合わせを経て、その間演奏もかなり変わってきました。5重奏が久し振りである事に加え、メンバーの皆さんとは殆ど初めてに近く、私自身最初はどことなく緊張。手探り状態で始まった合わせも、回を重ねるにつれてアイデアが皆さんよりぽんぽんと飛び出すようになり、それをあれこれ試す内に結論が導き出され、本番前日には「翌日恐らくこうなるであろう」演奏のイメージが(私の中では)出来ていました。でも実際は・・・。

当日は全然違う演奏になっていました。何がどうとは説明できないのですが、う〜ん、「その日がまるで初めてのような新鮮な気持ちでできた演奏」とでも言うのでしょうか。もっと別の言い方をすれば、「落ち着くべきところに結局落ち着いた演奏」、あるいは「全員の気持ちの方向、テンションの高さが一致した演奏」・・・私自身はそう感じました。気持ちよく演奏できた室内楽。やはりそれだけの時間を費やした事だけはあったと思います。遠回りのようにみえて、実は近道。

終演後にワンコインパーティという、いらして下さった方との交流の場が設けられていました。初めてお会いする方からお聞きする感想というのも、なかなか興味深く、そしてありがたいものでした。室内楽が本当にお好きなんだろうなと思わされる方々ばかりで、室内楽って人の心を温かく楽しくするものだという思いを新たにした晩でした。

今週はスケジュール的には無茶苦茶で体は相当疲れていた筈なのに、何故か精神状態は至って落ち着いていて、頭も相当にクリアでした。精神状態が落ち着いていれば無用な不安を抱かず「なるようになる」と腹をくくれるし、頭がクリアなら日常と本番のオンオフもうまくいき、相手や曲が次々と代わっても気持ちの切り替えも素早くでき、普段と違う本番ならではの諸々の出来事にもすぐに対処ができ、(実際はどうであったかはわからないけれど)無事に本番終了。「体調がイマイチでも何とかなる事もある」という収穫が得られました。つまりは、体調が悪くても何の言い訳にもならないという事・・・?

伴奏をお手伝いした学生さん、そして試験やコンクールなど本番を終えたピアノの学生さんなどには、いつも終わった後感想を尋ねる事にしています。いつしかそれが習慣のようになり、特に何も言わなくても皆演奏について話してくれたりメールしてくれたりするようになりました。普通はまず先生に「如何でしたでしょうか」と恐る恐るお尋ねしに行くもの(私自身学生の時分はそうでした)。でも自分で考えて気付いた事ほど自分の身になるものもないし、自分の演奏について客観的に判断する力もついてくると思うので、私の感想は後回しなのです。

伴奏した立場での感想は、自分も当事者であるがゆえに一緒に演奏してどう思ったかという事がメインになります。それに対して客席で聴いた感想は、冷静に考えながら聴き、気付いた事が主。本番ではどうなるか、その傾向を分かった上で言ってあげられる事はたくさんあるし、狭い部屋のレッスンで気付かなかった事もいろいろ見つかります。

そんな訳でこういう時は往復の電車の中、居眠りせずにあぁでもないこぅでもないとメールを打っていたりします。思っている事を口頭でぱぱっと言ってしまう方が簡単かもしれないけれど、自分自身このお陰で注意深く考えるようになった気もします。

この後は学校の夏期講習、そして念願の夏休み!とは言っても今まで学校の仕事と合わせものに追われていたので、9月のリサイタルの練習は全く手付かず(その前に曲目解説の締め切りが・・・)。「怖い思い」を再度しない為に8月は家にこもって練習し、お休みを頂いていた家でのレッスンを再開する、そんな夏休みとなりそうです。「それだけでいいの?」という声がどこかから聞こえてきますが(やっぱり休養も大切)。

やっと訪れた1日オフ、疲れがたまっていたので結局大した事が出来ずぼぉっとしていました。「そうだ、ひとりごと更新しよう」と思い立って始めたものの、結局どうしても朝になる。今日は夏期講習です・・・。




2006年7月17日(月)       「鱒、そして20000!」

すっかりご無沙汰してしまいました。いつの間にかアクセスカウンターも20000を超え・・・こんなにお待たせして申し訳なく思うと共に、それでも諦めずにアクセスして下さる方がたくさんいらっしゃる事を、本当にありがたく思っています。

未更新期間、今までの最長(確か)16日を超えてしまいました。この間一体何か特別な事があったという訳ではないけれど、学期末の慌しさに加えて、伴奏と室内楽の合わせと本番がめいっぱい詰まっています。とは言っても、「忙しい」という言葉は出来るだけ使わないようにしたい。これは常々思っている事。本当にお忙しい方々こそその言葉を口にされないもので、その姿勢を見習わせて頂きたいと思うのです。「忙しい」を言い訳にしない生き方をしたいけれど、いろいろ考えるとそれも結構難しい・・・。

「鱒」のコンサートも、あっという間に今週となってしまいました。お引き受けした段階でチケットは既に完売したそうで、「いらして下さい」とここで書けないのが残念です。新日本フィルのメンバーの方々の室内楽のコンサートなのですが、オーケストラの団員さんにピアニストがいないため、今回ゲストのような形で呼んで頂けた訳です。

「鱒」は高校生の頃に演奏して以来、懐かしい思い出の曲です。当時はこんなに大変な曲だなんて思いもせず、有名な曲を弾けるというだけで舞い上がっていたような、そんな感じでした。高校では各専攻含めて1学年40名でしたが、私たちの学年にはラッキーな事に鱒の編成(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノ)のメンバー全員揃っていたのです。どんな風に合わせをしていたかは全く思い出せないけど、ただただ楽しかったという記憶だけは鮮明に残っています。室内楽の取り組み方を知る以前にその魅力にとりつかれてしまった事、今思えばそれが私の現在につながっているのかもしれません。

楽譜を開いたのはあれから初めて。自分で言うのも変ですが、さすがに成長したなと(してなくては困るけど)実感します。最初にしたのは楽譜を「読む」事。楽章構成、形式、調性、フレーズの形、全パートのバランス・・・。メロディと響きは忘れず丸ごとそっくり頭に入っていましたが、改めてそうやって楽譜を眺めて「へぇ〜」と思わされた事がなんと多かった事か。つまり昔は何も考えていなかったのですね。

合わせが始まってからもたくさん発見はありました。普通のピアノ五重奏の編成(ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、ピアノ)と違ってコントラバスが入るので、いつも意識的に出そうと努めているバス(低音)、これを頑張る必要が全くないと気付かされました。伴奏であれ室内楽であれ一番低い音域の音を受け持つのは大抵ピアノなので、無意識でもバスで全体の響きをがっちり支えようとしてしまうのですが、いつもと違って何だか変な感じ。

また分厚さの出ない透明感ある響きになるよう、シューベルトが書いてくれています。弦楽器それぞれ1本ずつで全音域を満遍なくカバーしているので、じゃぁピアノは何をしているかというと・・・なんと弦と同じく、基本は単旋律のメロディ。両手ユニゾン(分かりやすく言うと同じ音)でメロディを奏でているところばかりで、意外に和音はあまり出て来ず、譜面上は非常に簡単に見えます。ところがこれまた実に難しい。ピアノという「打楽器」でレガートに歌わせる事自体がそもそも困難な上に、シューベルト特有の歌心に満ちたラインを繊細に描くのは、シンプルであるが故に至難の技。そして弦楽器と同じ役割を与えられているので、弦と同じニュアンスで音を切ったりつなげたり・・・弦に溶け込む音色で弾かないと一人浮いてしまうのです。

一緒に演奏して下さる新日本フィルの皆さんはオーケストラの仕事とかけもちされていますが、それでも合わせの回数をかなり確保して下さっています。プロの方との合わせものは、学生時代と異なりなかなか時間が思うように取れないのが常。ましてや人数が増えるのに反比例して全員の都合が合う時間は減るものですが、いい音楽を創り上げようという想いのもとに皆さん熱心に取り組んで下さり、学生時代の「室内楽イコールわくわく」という気持ちを思い出しました。

メンバーの皆さんも私も以前演奏した時に使っていた版(楽譜)は同じだそうですが、今回は新しい版に替えてみました。これだけ有名な曲だからこそ耳から覚えてしまっている表現がたくさんあるのですが、今使っている原典版だと、強弱記号など全く違うところが多々あります。それを一つ一つ比べて検証し、試してみるのにはある程度時間がかかるのですが、思いがけない演奏効果を見つけられるのが面白いのです。もちろん試しているのは、楽譜の相違点だけでもありませんが・・・。

なんて真面目な話ばかり書いてしまいましたが、練習は和気あいあいとして楽しい雰囲気の中で進んでいます。笑い声がいつも絶えず、弾いている時間と笑っている時間どっちが長い・・・?オーケストラの団員さんって陽気で、そしてエネルギッシュ(私の主観)。当日、どんな演奏になるのでしょうか。楽しみです。

夏本番まで秒読み。猛暑となった数日前、セミの鳴き声を聞きました。夕暮れ時のあのもわ〜っとした熱気を肌に感じると、あぁやっと夏が来た、と嬉しくなります・・・。


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