ひとりごと(2006年4月分)

2006年4月30日(日)       「2006年のプログラム」

またもや1週間・・・何していたんだか思い出せないような、そんな過ごし方をしていました。いつも気がつけば「もう夜」。疲れが相変わらず取れないけれど仕事は休めないので、少しでも時間があれば寝る。私にしては本当に良く寝ています。寝れば忘れる、だからあまり思い出せないのでしょう。

リサイタルまで1ヶ月ちょっととなりました。プログラムについてまだ書いていなかったので、ここで少し。昨年の「ひとりごと」を探したら、何と2月初めに書いていました。

プログラムはまず一番弾きたいものを考えて、それを中心に組んでいくようにしています。今年ぜひ!と思ったのはフランクの「プレリュード、コラールとフーガ」。曲にも出会い時、タイミングがあります。この作品は学生時代から周りではよく弾かれていて馴染みがあったのですが、当時は「いい曲だけど何だかとっつきにくい難しさがある」と思っていたのです。それがこのところ何故かすぅっと心に染みていくようになり、弾けば弾くほどだんだん曲の素晴らしさが分かるようになってきました。非常に美しく、また深い内容を有する作品で、弾いていて心が鎮まり洗われていくような感があります。

メインの作品が決まったところで、何かしらつながりのある作曲家へつなげていくのですが、それは作曲家の人生や音楽の特徴などから考えます。実は昨年の段階で、今年はバッハの組曲作品を何か弾こうと決めていました。オルガニストでもあり数々のオルガン作品を遺したフランクは、同様にオルガン音楽に足跡を残したJ.S.バッハからも影響を受けており、これですんなり決定。またフランクはベルギー生まれですが、後にフランスに帰化しました。この事から、フランクからフランス音楽の系譜をたどって、ラヴェルに行き着きました。

バッハは当初別の組曲作品を演奏するつもりでしたが、最終的に傑作ばかりのプログラムになると重いし、プログラムの冒頭に持ってくるのだからと、結局シンプルな「イギリス組曲第2番」を選びました。これは小学生の時に弾いて以来です。でも複雑で内容の濃いパルティータなどより断然難しいかも。シンプルゆえにいろいろな味付けができる可能性があるのですが、それをどうするかまだアイデアがまとまっていません。直感で「こう弾こう」と思うところはあるのですが、それが何に基づくものなのか、まず自分で知っていないと・・・。

ラヴェル、これは前々から機会があったらプログラムに入れようと狙っていた「高雅で感傷的なワルツ」。極限まで切り詰められた音から生み出されるラヴェル特有の、絶妙で今にも壊れそうな繊細なハーモニー、そこに惹かれます。ラヴェルは学生時代にはちょこっと弾いた位で、自分の音色では向かないと思っていました。あのシックな(決してゴージャスではない)輝きを持つ音色を出したい!と思い始めた頃、ちょうどヴァイオリン・ソナタやツィガーヌのピアノ・パートを弾く機会を得、そこから少しずつそんな音色を探せるようになってきました。

バッハとフランクが前半で、後半初めにラヴェルが15分、残りの15〜20分に何を持ってくるか結構考えました。他のフランスものを入れようとは思わなかったし、もちろんドイツものでもない。そんなところからプロコフィエフが浮上しました。ラヴェルの繊細さとは正反対の、エネルギッシュなキャラクターがまず思い起こされます。しかしプロコフィエフ自身、作品を書く時のいくつかの基本線の一つに、「叙情的である事」を挙げています。透明な響きを求めている作品もある(と私は思っています、例えばヴァイオリン・コンチェルトの第1番)のですが、その点に於いてはラヴェルと共通するものが見出せるような気がします。プロコフィエフが10数年パリ滞在した事とも、あながち無縁ではないかも。

プロコフィエフの「ソナタ第7番」は、ピアノでなくては表現できないピアノならではの作品で、第1、3楽章の無機的、原始的ともいえる意思の強さが印象的です。その点、ラヴェルとのコントラストを後半で聴いて頂くのも有りかな?と考えました。むろん20世紀を代表する作品であり、また時間的にもちょうどよかった事から決めました。

このところはドイツ・オーストリアの作品を中心にプログラムを組む事が多かったのですが、フランスもの、ロシアものも入り、結果的に趣向がいつもとかなり変わりました。

曲の形式から見れば、「組曲」、「プレリュード、コラールとフーガ」、「連作のワルツ」、「ソナタ」とバラエティに富んでいます(去年はソナタが3曲・・・)。また私の考える各曲の「響きのイメージ」は、バッハが「ラインの絡みあい」、フランクが「溶け合ったハーモニー」、ラヴェルは「最小限の音から成る和音の連なり」、プロコフィエフは「リズムにはめ込まれた力強い和音」という感じでしょうか。この点でも、全く異なる響きを創り出す面白さがありそうです。

曲目解説書きながら、あるいは練習しながら気づいたり考えたりした事は、又その内ちょこちょこと書く事にします。

さて、ゴールデンウィーク。例年の事ながら特に予定なし。4月の疲れをリセットできる得がたい1週間という感じがします。そしてリサイタルの曲目解説の締め切りがゴールデンウィーク明け。これも例年お決まりのスケジュールで、つまりは家に居て体を休めつつも、必死で楽書を読んで解説を書かなくてはならないのです。なのに、実はまだご案内状書きが終わっていない・・・。



2006年4月23日(日)       「黄金色の風」

あっという間に2週間・・・お待たせしました。何度もいらして下さった方には、本当にごめんなさい。

高校に続いて大学の方でも授業とレッスンが始まり、もうすっかり「いつものあの生活」です(春休みのあのゆとりは一体何だったんだろう?)。最初はとにかく疲れるもので、帰ったらまずバタンキュー、それから再度起き出して翌日の準備をする・・・といった具合。往復3時間弱の通勤の疲れもさることながら、考えて決めるべき事がたくさんあり、神経張り詰めて過ごしたそのツケが回ったのでしょう。

しばらくは言葉モードの生活(前回の欄↓を参照)でしたが、学校に行く日が続くと一気に学校モードになり、それもさすがに疲れて・・・山ほどある今するべき事を放棄して、昨日はピアノを弾いていました。余計な事を考えず、時間が経つのも忘れたのは久し振り。弾きたくてうずうずしていたせいか、演奏のアイデアが次々と浮かんできました。中でもっとも多いのは音のイメージ。ぽぉ〜んと響いた音、それがたった1音であってもそれにふさわしい音色や込められるべき気持ちがあって、音に命を吹き込むのは演奏者の仕事。実際に音を出す前に耳の中でその響きが聴こえるのですが、それに自分の音を近づけてゆく過程はたまらなく楽しいのです。

そんな事に夢中になっていたので、今はいろいろなメロディが頭の中で鳴っています。さらっていた曲はもちろんの事、ふと思い出した曲、レッスンで誰かが弾いていた曲・・・。そしたらどういう訳か、今全く文章がひらめかないのです(書きたい話題はちゃんと見つけたのに)。読み返してみても全然納得できないけれど、これ以上お待たせできないので更新してしまいます。

今週末はもうゴールデンウィーク。数日前、気持ちよい風が山吹を吹き散らし、あたり一面が山吹色の花びらで埋め尽くされました。「黄金色の風が吹いた」のが見えるような気がするのですが、毎年この光景を見ると、春が通り過ぎてゆくのを実感します・・・。



2006年4月9日(日)        「書く速さ」

新学期、まず最初の1週間が終わりました(ふぅ)。説明会や会議、懇親会があったり、授業計画表を書いたり、クラス分け試験をしたり、学生さんの空き時間を尋ねてレッスンの時間割を組んだり、とにかく落ち着かない4月です。

今の時期、どこにいても花の香りを感じる幸せな季節です。先日頂いたチューリップは、えもいわれぬ素敵な香りでした。外ではライラックやヒヤシンスが香りをふりまいています。そして花の色彩も。春ってどうして黄色い花々が目立つのだろう?でもこの色、冬から体や気持ちが目覚めるのに、絶対必要な色だとも思うのです。街の公園で見かけたレンギョウ、道端のタンポポ、あちこちに咲いているパンジー・・・。家には山吹があるのですが、この時期にしか見られない新芽の緑と花の山吹色の目の覚めるような、しかし絶妙な配色には本当にドキッとさせられます。夜の暗がりの中ですっくと立って開くのを待っている蕾は、色鮮やかで本当にきれいなものです。そして風に漂う甘い香りも。

数日前、学校のホールの脇にある大きな大きな月桂樹の樹が花をつけているのを見つけました。この学校、本当に「有用な」植物が多い。中庭には数本の柿と梅があって、秋には柿の収穫も見かけたし、練習室のあるところでは漬けられた梅酒が眠っているのを知っています(いつ誰が呑むのだろう?)。その柿の木の下にはラベンダー畑があり、そのラベンダー畑のはす向かいに月桂樹があるのですが、これが月桂樹と分かっている人、果たしてどれ位いるのだろう(誰かがこっそりカレーやシチューに使っていたりして)?正門の脇の竹林はかつてぼうぼうに茂っていた時があり、春には筍が出るんじゃないかと思ったり・・・ちょうど旬だし、今度探してみよう。

あれからなかなかピアノに向かえない感じになっています。何せ不器用なもので、頭の中が言葉モードになってしまったら音楽モードにはなかなか切り替わらない。デュオのお礼状やソロのご案内状、学校に出す書類などの文章を考え、曲目解説の楽書を読み、いろいろなメールのお返事を考え・・・そんな事をしています。

何だか自分でもよく分からないのですが、日本語はとても好きです。摩訶不思議で複雑で奥ゆかしさがあって、だからこそたくさんの表現の可能性があるところ。自分なりの好きな文体や言葉の選び方があって、そういう事にはどうも妥協ができなくて・・・ぴんとくる言葉が見つからない時は、気になって気になって仕方がなくなります。

例えば何か読むものを探そう!と思って本屋さんに行く。そんな時に手にとってページをぱらぱらめくる時にも、文体は結構気になるのです。もちろん内容も大切だけど、リズム感のある文体にはまず惹かれるし、好きな作家さんの文章はすぐ分かる。一つ一つの言葉の選び方にも、作家さんの性格やこだわりがあらわれるよう気がします。そうやって買った本は必ず面白く読めているのですが、そういう選び方って邪道?もちろんいつもこうだと世界が狭くなるので、あえて冒険して違った傾向のものや人に勧められたものを読んでみるような事もしますが。

そんな訳で、海外のものよりは日本のものを読む方が断然多いです。翻訳される方によってその小説のイメージ自体ががらっと変わってしまうのだから、ある言葉を日本語にするという作業の中には、翻訳者の方のボキャブラリーやセンス、ひいては人生観みたいなものまで全てが出てきてしまうのでは?そう考えると大変な、でも素晴らしい職業ですよね。

翻訳の話で思い出しました。授業で受け持っている室内楽のグループ、今の時期に曲決めをする際に相談をよく受けます。あまりレパートリーがない編成の場合、他の楽器の編成のオリジナル曲を演奏する事もあるのですが、何かいい曲ありますか?って。まず考えるのは音域が合っているかどうか。それ以外に、例えばオリジナルが弦のパートを管で演奏する場合、弦の特性で簡単に弾ける音型のパッセージでも、管だったら非常に難しくなる事もあります。弦なら一気に歌えるフレーズなのに、管だとブレスをどこで取るか考えなければならない事もあります。そういう問題も大事だけど、オリジナルの雰囲気をいかに壊さないようにするか、あるいは弦と同じニュアンスを管で作るのは無理だから、新しい曲として表現を考え直すか。それは、ある曲を別の楽器のために「翻訳」するのに等しい事だと、ふと今思ったのです。

ピアノにはオリジナルのレパートリーが一生かかっても弾ききれないほどあるので、そういう問題には直面する事はないと思いきや、実はあるのです。コンチェルトのオーケストラ伴奏をピアノでする時。「本当ならここは静かにヴァイオリンがトレモロで弾いているところ」、「ここはホルンが柔らかにハモッているところ」という具合に、耳が覚えているあの響きに近づけられるよう、ピアノの弾き方、時にはピアノ譜のアレンジまで考え直します。それはそれで結構楽しい作業で、「所詮ピアノでは無理」なんて考えてしまうのはもったいないと思うのです。

話がそれてしまいました。書く事が好きになれたのは中学生の頃だったけれど、読む事では子供の頃から活字中毒。幼稚園の頃か入る前か、その頃から絵本などはたくさん読んでいました(もしかしたらそれより音に親しむ時期の方が早かったかも)。今思い出して笑えるのは、小学生の頃熱を出して寝ている時、退屈で仕方なくて手当たり次第に家にある本を読んでいた事。熱が下がらないので横になっていなくてはならないけれど、さすがに寝すぎてもう眠れない時は、する事がなくて本を読んでいました。自分の読める範囲の物は全て読んでしまって、止む無く次に選んだのがさる方の有名なシリーズもののエッセイ。当時全く読めない漢字が結構出てきたにもかかわらず、頭が痛いのも忘れて、何故か(大人の話なのに)面白くて夢中でシリーズを読破。読み方が分からなくても尋ねなかったので、例えば「傷める」をその後しばらく「きずめる」と読んでいたり・・・でも意味は通じるのが日本語のすごいところ。

小学生の頃、ピアノのレッスンに片道1時間半かけて週1回通っていましたが、その時も学校の図書館で借りた本が必ずバッグに入っていました。揺れる電車の中で字を追いかけていたのが今のこの目の悪さにつながっていたとしても、それでも本は止められない魔力がありました。

小学校の時の作文の宿題は本当に苦手で、とにかく憂鬱な気分になったものでしたが、それが転じて書くのが好きになったのは中学生の頃。通っていたのは女子校で、新入生歓迎パーティーで中2の先輩が歓迎の手紙なるものを、皆に書いてくれました。その返事を書き、いつしかそのやりとりが続いて交換日記になるというパターンが、例年続いていたようです(交換日記なんて言ってもメール全盛時代の今の学生さんにはぴんと来ないでしょう)。すぐ途切れてしまう人もいれば、それがうまい具合にずっと続いていた人もいました。

たまたま私の相手になってくれた先輩は人間的に非常に深く、そして温かい人でした。学校の勉強とピアノを両立させることで精一杯だった当時、友人に支えられ救われた事はたくさんありましたが、一つ年齢が上というだけでも随分大人で、友人とはまた違った存在でした。今から思えば中学生はずっと子供なのに(当時自分たちが子供だなんて思っているはずもなく)、表面的な事よりも何かについてお互い意見を交わしてゆくような事が割に多かった気がします。学校では何かテーマを与えられて皆で考え、自らの意見を述べる事を求められるような、そんな教育方針でした。最初は慣れなかったものの、皆もそういう感じだったので別に浮く事もなく・・・しかし相当ませていたなぁと今は思います。

その交換日記、3年間で確か大学ノート33冊分続きました。そんなに続いた人はいなかったと思う。でもそれだけ書く事があったし、普通に学校生活を送りながら書き続けた事はすごいと、我ながらひそかに思っています。それだけ書いている内に、作文嫌いだった事なんていつしか忘れていました。初めは頭の中で思っている事を文章に直していたのが、頭の中に文章として最初から浮かぶようになり、それを端から書き留めていくような感じ。今も文章が思い浮かぶのと同時に書くと字が凄まじい事になり、タイピングする方が手も痛くならず都合がいいのです(もちろん必要な時はゆっくりじっくり丁寧に書いています)。

そのノートは半分ずつ持っていて、探せば出てくるはず。今読むにはもったいなくて、あとせめて20年位?タイムカプセル級の時間が経ったら読もうと思っています。ちなみに私が卒業後は時折手紙が行き交う位になり、今となっては年賀状交換くらいになってしまいましたが、先日のデュオも彼女は聴きにきてくれていました(ありがとう)。あの時期に3年間、それだけ書き続けて築いていった信頼感は今も崩れる事はありません。

こんな訳で書く事が好きになり、何かにつけて手紙はたくさん書いていました。留学した友人が昔言っていましたが、日本からの手紙が読みたいがゆえに、必死で書いたそうです。その気持ち、よく分かります。最近学生さんと話す事があって、「もらった手紙の封を切る時の、あのドキドキする気持ち分かる?」と尋ねたら、「う〜ん、分からない」・・・。たとえ海外であっても通話料金は安いし、メールという楽な通信手段もある今、分からなくても普通。でもその気分を必死で説明したら、春休みに海外に行った折にエアメールを送ってくれました。言いたかった事、分かってもらえたのかなとちょっと嬉しくなりました。

今日は話がバンバン飛んでしまってごめんなさい。しかし日本語の素晴らしさがわかる日本人に生まれて、本当に良かったです。

つい数週間前まで制服姿だった元高校生が、大学生になって私服姿で学内を歩いているのを見かけました。挨拶されて一瞬、「誰だっけ?」。それ位感じが変わるもの。新大学1年生は、高校入学時から授業を受け持っていた学年ですが、あれよあれよという間に高校卒業を迎え、その早さに戸惑っているというのが正直な気持ち。そして、いつの間にか私もここで5年目を迎えているという事も・・・。



2006年4月4日(火)        「仕掛け」

満開の桜ももう散ってしまったのでしょうか・・・春の嵐ってむごいと毎年思います。でも自然はそもそも厳しいもの。風に耐えて咲いている花々を見ると、「頑張れ〜」とつぶやいてしまいます。

散りゆく桜と言えば思い出されるもの、大学の卒業式。卒業の日、花吹雪の舞う中で記念写真を撮りました。あまりにも珍しい事だったので印象深く思い出す事ができます。間違っていない自信はあるけれど、一応ウェブで記録を調べてみました。この年は開花も早ければ満開になるのも早かったのですね。院の入学式は既に若葉が美しいシーズンで、どうも雰囲気が違って拍子抜けしました。学校の近辺には桜の名所がともかく多かったのですが、なかなか静かに桜を愛でる事の出来る場所がなくて・・・しかし桜って人を不思議な気持ちにさせる何かがあるものです。

さて、すっかり遅くなってしまいましたが、先週のデュオ・リサイタルもお陰様で無事に終わりました。いらして下さった皆様、どうもありがとうございました。

いつも思うのですが、聴いて下さった方にもこれを読まれて初めて状況を把握される方にも、どちらにもうまくお伝えできるようには何を書けばいいのでしょう?とても迷うところですが、そんな事を言っているといつになっても何も書けないので・・・。

2台ピアノでぜひとも実現したかった事、それはソロでは出来ない2台ならでの可能性を試したかったという事です。スケールの大きい表現はもちろんの事、さまざまな細かな動きの絡み合いなど2本の腕では無理な事も含め、二人での演奏によってできる「音楽の対話」・・・。

ご感想をお伺いできた方々は皆さん、「楽しかった」と言って下さいました(ありがとうございます)。なぜだろう?と一生懸命考えていて思い当たったのは、リアルな音楽での対話が感じられた事なのでは?数人の方もそうおっしゃっていました。それもそうですよね。ソロでは練習の時、リハーサルで、本番で、と毎回ことごとく演奏を変えてみても、それはある意味「ひとりごと」に過ぎない気もします。お客様にじかに音楽が届いても、その場で為されている「音楽の対話」を聴けるのとはちょっと訳が違う。舞台で二人で演奏するのは、確かにその生のやりとりを公開するに等しい一面もあるかな、と改めて気付きました。

正直なところ、今回は本当にいっぱいいっぱいでした。私の場合通常は、どなたのリサイタルの伴奏であれ自分のソロであれ、せめて前日位はゆっくりできるようなスケジュールを組んでいます。直前半月程は敢えて自分を追い込んでも、前日に「どうにかこうにか間に合った」と気分だけでもゆったりしたい。でも今回は諸事情からそうはいきませんでした。

なかなか手をつけられなかったご案内状と曲目解説書きが済んだら、直前10日位は至って平和なもので、一人で練習するだけ。それが2日前になって突然合わせが集中的に入り、その録音を聞き、それを元に個人練習をし、間際の打ち合わせでマネジメントの方やカメラマンさんと連絡を取り・・・と言う感じで、寝る間も無くなりました。体がきついとも舞台に立つのが怖いとも考える暇もなく、精一杯やっている内に終わっていたというのが実感です。

当日は本当に慌しかった〜。その日でなければ出来ないことばかり。前日の合わせも、「当日舞台で弾いてみなくては分からないから」と保留にした点がたくさんあったのです。

最初にピアノ決め。ピアノ2台を一緒に演奏するに当たって、調律師さんにはさまざまなご苦労がおありだったかと思います。とりあえずは調律が終わるや否や、2台の内どちらのピアノを弾くのかを決めなくてはなりません。タッチや音色の個人的な好みだけでは決められず、ピアノを交換して2通りで弾いて調律師さんにも聴いて頂き、ミックスされた2台の響きの収まり具合で決めました。ただピアノも生きているので弾いている最中にどんどん鳴りが変わってくるし、演奏する側もピアノに慣れてきたり体の力が抜けてくると出てくる音も変わり、ひいては二人のバランスも変わってきます。ん〜。途中時々ピアノを代えたりもしましたが、結局は出たとこ勝負なので最初に決めたピアノにしました。開場したらもうピアノにさわれないし、その間にピアノも変われば体の状態も変わり、お客様が入られた事によりホールの音響も変わる。だから神経質になっても仕方ないと思ったのです。

次は合わせに関して。前日の合わせの録音を聴いて勝手に直した部分もあり、当日の気分で変わる事もありました。ホールの響きやピアノの鳴り方の都合上、音の強弱や音色、和音の響きのバランス、テンポそのものの設定やルバート(テンポを一定ではなく微妙に変化させる事)もその都度変えてみました。メロディーを2台間で次々受け渡して行くところは、リレー式にどんな風に弾くのかを聴いていてバトンを受け継がなくては。そんな訳で2日間の合わせでやった事は当日ほとんど変更となり、必死で聴きながらその場でどう弾くかを組み立てていました。もちろん前日までにいろいろ試した下地があったからこそ出来た訳ですが、それにしても我ながら何てスリリングな本番だろう・・・と思ったものです。

でも本番で思いついてしまったものを仕掛けないのはもったいない。モーツァルトの1楽章冒頭とその繰り返しの部分は、今までやった事のないヴァージョンでそれぞれ弾いてみました。あと覚えているのはアンコールのシテール島への船出、短調に変わる部分や他の数箇所、「やられた」と思ったところがありました。後はあまり覚えていません・・・。

プーランクのソナタのゆったりした静かな部分、これ以上望めない位の静寂で厳かで神秘的で幸せな音を出したいと思ったところがありました。そこを弾きたくてこの曲を選んだ(といっていい)程とても惹かれたところなのですが、そこでは目指している世界観を少しは出せたかな・・・。そしてモーツァルト、ルトスワフスキ、ラフマニノフそれぞれの特徴や色合いも、出来る限り表現してみたつもりです。もちろんピアノをベストな状態に仕上げて下さった調律師さんのお力あっての事ですが。

終演後に楽屋を訪ねてくれる友人知人(その日初対面の方もいらっしゃいました)に久し振りに会い、演奏の感想を伺い、それは貴重で且つホッとするひとときです。ただ毎回思うのですが、いらして下さる方々皆様とゆっくりとお話ししたいのに、それがかなわない事がとにかく残念です。途中まで待って下さったのに帰られる方もいらっしゃったでしょうし、列の後ろの方は長らくお待たせしてしまいましたし、本当に申し訳ないと思っています。いつもいつもごめんなさい。

しかしピアノ・デュオは実現自体が難しいと感じました。さしあたってホールを予約する時に、ピアノが2台あるところを考えなくてはなりません。ピアノを2台置いていないホールもありますし、2台あってもメーカーが違う場合もあります。またホールは午前、午後、夜間と一日を3区分に分けて貸し出すところが多く、通常のソロ・リサイタルでは2区分借りれば済みます。ただデュオの場合ピアノ2台分の調律の時間が必要なので、3区分ともホールを借りなくてはなりません。調律師さんには朝から入って頂き、終演まで丸々1日立ち会って頂きました。そして今回の事に関しては随分前からいろいろな方々にご相談し、当日も助けて頂き、諸条件が揃った上でやっと無事終える事ができました。そう考えると感無量です。

当日お聴き下さった皆様へ。ご感想やお気付きになられた事など、メールでお寄せ頂けましたらとても嬉しく思います。どうぞよろしくお願い致します。そしていらして下さり、本当にありがとうございました。

さて4月。洗足学園はとにかく休みが短い(!)学校で、昨日は確か入学式だったはず。私の新学期の始動は今日からです。今年度は8時半までに行かねばならない曜日もあり・・・昨年で朝9時には慣れっこですが、今年は更にきつそう。5時半起きしなくてはならない日があるという事は、夜更かしもさすがに減るのでしょうか・・・。


 過去のひとりごとへ
 ホームへ

ピアニスト石田多紀乃 オフィシャル・サイト
http://takinoishida.com
メールアドレス mail@takinoishida.com
本サイトの内容の無断転載・複製は固くお断り致します。
Copyright (c) 2004-2015 Takino Ishida
All Rights reserved.